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2007年4月18日 (水)

シンガポール首相の給与後日談

 先日の新聞報道によりますと閣僚や高級官僚の年俸が大幅にアップされたシンガポールで野党がこの問題を議論する集会を開こうとしたところ、シンガポール政府は集会に招かれた欧州連合(EU)の議会議員ら7人の参加を拒否したそうです。                                                                                   また、シンガポール政府内務省はウエブサイトで                                                                                                       「外国人は我が国が許可した入国特権を利用して内政干渉すべきでない」との声明を発表しました。                                                                                                                    シンガポール警察署は集会を企画したシンガポール民主党に対し集会開催は不可能と通知したそうです。                                                                                                 また、入国管理局も欧州議会議員7人の集会参加許可申請を拒否したそうです。

2007年4月14日 (土)

シンガポール首相の給与


 シンガポール政府は4月9日 首相や閣僚の年間給与を大幅に引き上げると発表しました。                                                                                                                        リー・シェンロン首相 (シンガポールがマレーシアから独立した時活躍されたリー・カンユー首相の長男) の給与は25%増しのS$ 3,100,000 (約2億4,400万円) になったそうで、アメリカのブッシュ大統領の年間給与(US$440,000)の約5倍となったそうです。                                                    閣僚の平均給与も昨年度のS$1,200,000からS$1,600,000 (約1億2、600万円)に上昇することになりました。                                                                                                            うらやましい限りです。

ブログを再会しました



シンガポール滞在中の話題も出尽くしてしまいました。                                                                                     これからは日本で見聞きしたシンガポールのおもしろい話を見つけて書いていきたいとおもいます。                                                                                                                   また、私の趣味であるお酒、ビデオカメラなどの話をつれづれに書いていきたいと思っています。                                                                                                           これからもご愛読よろしくお願いいたします。

2007年2月 6日 (火)

▼エピローグ

 2006年4月から書き続いていました 【新加坡雑感(シンガポールの想い出)】 のブログもとりあえず今回で終了いたします。                                                                                                 最後になりましたが生意気に【国際人】について私感を述べてみます。

・その國に入れば、その國の人と同じものを食べ、同じような家に住み、その國の人と同じレベルで生活するよう心がける。

・パーティーなどに招待され出席するときも、積極的に現地人のグループにもぐりこみ友人を作ること、言葉はうまく話せなくとも心は通じるものです。

・現地の風習が分からないときには身近な人に聞き、積極的に現地の風習に慣れることが大切です。

・どこの國の人でも最終的には理解し合い友達になれます。

最後になりましたが長い間ご愛読感謝申し上げます。これからもシンガポールでの面白い話が見つかりましたらまた、書き始めますので今後とも宜しくお願いいたします。

▼シンガポールの建築事情(2)

 前回の続きとなりますが、韓国の大手ゼネコンの工事の進め方は日本のゼネコンといささか様子が違い技能職などの職人は全て韓国人で固めていました。                                                                韓国はご存じの通り国民皆兵制度を採っている国ですが、私が当時シンガポールで聞いたところ海外に出稼ぎに行く技能職の労務者は徴兵免除の特典が与えられていたらしい。                                                                                                                              韓国からの出稼ぎ労務者は1年間ほとんど休みを取らず働き、1年後稼いだお金を本国に持ち帰り、半年後再び出稼ぎにきていたらしいです。                                                                               勤務時間も朝7時から夜10時が定時でなおかつ残業勤務をしていました。                                                           また、出稼ぎ労務者とゼネコンの社員は同じ宿舎で、同じ釜の飯を食べ軍隊と同じ管理体制で仕事をしていました。                                                                                          当時の韓国人はオリンピック前の日本人と同じで非常に勤勉でまじめに仕事に取り組んでいる姿をよく見かけたものです。

2007年2月 1日 (木)

▼シンガポールの建築事情(1)

 今回のブログのシンガポール シリーズ最終項目となります。                                                                             昔の話で大変申し訳ないですが私がシンガポール駐在中の建築事情について述べてみます。                                                                                                                       当時のシンガポールでは建築ラッシュに伴い日本からのゼネコンの進出は大手、中堅を含めて多くの会社が進出していました。                                                                                                 日本のゼネコンがアメリカ、英国、香港、地元シンガポールの業者に討ち勝って工事を獲得できたのは工期を守るという信頼性が第一番であったと思います。                                                                                         日本の大手ゼネコンの工事の進め方は幹部クラスを日本人で堅め補助職をローカルスタッフに依存していました。                                                                                      また、職人などの労務者は技能職をほとんど中国系シンガポール人で堅め、雑工をマレー人、タイ人、バングラディシュ人、スリランカ人などを雇っているのが一般的でした。                                                                ところがこの安泰のシンガポールの建築界に殴り込みをかけてきたのが韓国の建築大手で現代建築(ヒュンライ)、叟龍(サンヤン)がシンガポールの大型工事をほとんど一手に獲得するようになってきました。                                                                                シンガポールの建築工事は全て入札制により決定されるのでいくら技術力が優れていても金額が高ければ受注することは出来ません。                                                                                                     私がシンガポール駐在中に韓国業者が獲得した大型物件はラッフルズ シティ、リャンコート、マリナスクエアー、チャンギ国際空港第二期工事などでした。                                                                                      ラッフルズ シティ は当社も入札に参加しましたが工期がどのように計算しても韓国業者より半年長くかかり残念ながら韓国業者に負けてしまいました。

2007年1月26日 (金)

▼シンガポールの工事請負契約(2)

 シンガポールの建築工事請負契約で日本の契約ではあまりお目にかからないものとして Retension Many という項目が契約書にうたわれています。                                                                          これは前述したように工事請負金額の10%を工事完了後瑕疵担保期間の1年間施主がキープする制度で、瑕疵担保期間中に施主の要望を無視して補修工事などを行わなかった場合はこの Retension Many から強制的に差し引かれる制度です。                                                             勿論1年間の瑕疵担保期間を無事過ぎるとこのお金は施工者に100%支払われます。                                      日本の某中堅ゼネコンはある建物を竣工させ、その後シンガポールでの建築工事の受注が無かったため会社を引き払い全員日本に引き揚げてしまいました。                                                                    この会社は勿論瑕疵担保期間中の施主の要望に応える事が出来なかったため Retension Many は全額施主に没収されました。                                                                                              おそらくこの会社は Retension Many を貰うため1年間事務所をシンガポールに置き、日本人スタッフを常駐させておくより Retension Many をあきらめた方が安いと計算したのでしょう。   

2007年1月22日 (月)

▼シンガポールの工事請負契約(1)

 またまた難い話で申し訳ございませんがシンガポールでの私が知る限りの工事請負契約について述べてみます。                                                                                                    ご存じの通りシンガポールは英国統治時代が永かったため建築工事の請負契約は英国式となっています。                                                                                                     工事は全て入札方式で決定され、提出する内訳書は設備工事の場合機器工事一式、配管工事一式、ダクト工事一式と大項目の合計金がだけを記入し応札するようになっています。                                                                                                                           工事が落札された場合も内訳書を提出する必要もなく、工事途中で発生する変更工事は入札時に添付するユニットレート表 (複合単価表 たとえば配管工事の場合配管、保温、塗装等の材工費を含んだサイズ別の単価表) により査定されます。                                                                        我々はこのような契約方式を Lamp Sum 契約と呼んでいました。                                                                                 これらのユニットレートも入札で1~2番札を引いた場合のインタビュー (工事を決定するに当たり施主が行う値引き交渉と資格審査) でユニットレートをもっと下げるように要求される、この場合請負金額が変わらないからといって仕事ほしさに安易にユニットレートの単価を下げると、工事受注後の変更工事の金額は全てこのユニットレートが適用されるので大変な事になります。                                                                                                     次に日本ではあまり見かけない項目で Containgncy Sum という項目があります、これはすでに工事請負金額の10%の金額が記入されています。                                                                                            この金額は物価変動とか、戦争などにより不可抗力の予想出来なかった事態が発生した場合支払われる金額です。                                                                                                          勿論このような不可抗力の事態が発生しなかった場合は施工業者に対して Containgncy Sum の支払いはございません、我々ゼネコンにはありがたい制度です。

2007年1月18日 (木)

▼シンガポールの設備業者(2)

 消火設備工事はシンガポールの場合衛生設備工事から分離されていて独立した工事業者になっています。                                                                                                  工事業者としてはローカルルールに明るい地元業者を使うのが無難です。                                                     専門業者としては Hart Engineering などがありました。                                                                                    衛生設備工事業者は、これもシンガポールの水道工事免許が必要なので必然的にローカル業者を使わざるを得ません。                                                                                       我が社が良く契約していたのが MEC Engineering で会社の規模は小さいがどのような大型現場でもこなすことの出来る業者でした。                                                                                  その他、 Lim & Chia という会社も時々使いましたがこの会社は弱体でトラブルが多発して苦労したことが度々ありました。                                                                                        シンガポールの衛生設備業者もご多分に漏れず職人不足で廃業する業者も沢山ありました。                                                                                                               前述の  MEC Engineering の社長である Mr. K.J.Song も本業の衛生設備工事以外に副業としてマレーシアのジョホールバルーで海老の養殖とドリアンの栽培をしていました、この海老の養殖事業を軌道に乗せるため日本から養殖技術の博士を雇い本格的に事業を進めていました。                                                                                                 Mr. K.J.Song と酒を飲みながらよく話していましたが海老の養殖とドリアンの栽培が商業ベースに乗るようになったら衛生設備業を廃業にするといっていました。                                                            このような職人不足は日本も同じです。 

2007年1月14日 (日)

▼シンガポールの設備業者(1)

 私が赴任していた当時のシンガポールでの設備業者の状況を述べてみます。                                             電気設備工事業者はシンガポールのローカル業者で十分施工能力があります。                                                       我が社が当時よく協力業者として使っていたのが Teo Chew Water & Electrical Contractor (潮州電器水喉工程)、Liston Electrical Contractor 、Bintai Kinden(日本の近畿電気工事の子会社)などで、これらの協力業者は会社の規模は小さいが我々の指示をよく聞き工期にも間に合わすし問題のない会社でした。                                                                                        日本からの進出業者としては関電工、住友電設、栗原工業などが現地で活躍していました。                                                                                                                         特に関電工は M.R.T. (シンガポール地下鉄)の全工区を受注し活躍していました。                                                     次に空調設備業者ですがシンガポールにも優秀なローカル業者が沢山ありましたが我が社がよく協力業者として使っていたのが高砂熱学、ダイダン等でした。                                                                        規模の小さい工事はローカル業者の Hap Tat Heng Air Conditioning Co (合達興冷気公司)などでした。                                                                                           シンガポールでの空調設備は日本と同じくらいのスピードで進歩していましたので大型の近代ビルではどうしても経験豊かな日本業者を採用することになります。

2007年1月 9日 (火)

▼建築確認申請から竣工まで(3)

 前回の続きとなりますが、B.C.D. に対し C.O.F. (Certificate of Fittness for Occupation) を申請して初めて建物の使用が認められるのですが、この場合 C.O.F. の申請にあたり重要な項目は検査をパスしたが軽度の不備があり Clearance Form が貰えない場合があります。                                                                                                                                                       この場合は日本にない良い法律があり T.O.L. (Temporary Ocupation Licence) の発行を B.C.D. に申請できることになっています。                                                                                               この T.O.L. というのは建物仮使用許可で、この T.O.L. が取れていれば建物の使用が出来るという便利な法律です。                                                                                                                    私がシンガポール駐在中に手がけた10年前の建物の改修工事では、いまだに T.O.L. のまま使用されているビルもありました。                                                                                      また、シンガポールには日本には無い独特の建物に関する法律があります。
                                               
P&R(Parks & Recretion)                                                                                              U.R.A. (Urbon Redevelopment Authority)                                                                                     P.U.B. (Public Utilities Board)
                                                                                      P.&R. (Parks & Recretion) の審査は建物と植樹に関する法律で、審査内容は敷地の四方の境界線から2メートルの幅で植樹する事が義務付けられており、また、屋外駐車場の床は35%以上の穴のあいたブロックを使用し穴の部分には芝を植える事が義務付けられています。                                                                                                               このようにグリーン都市を象徴する法律により縛られています。                                                                              U.R.A. (Urbon Redevelopment Authority)は都市開発局でこの U.R.A. が管理しているのがシンガポール全土にある駐車場です。                                                                                   P.U.B. (Public Utilities Board) はシンガポールの公共事業局で電気、水道、ガスを管理しています。                                                                                                                特に、建築物に関係の深い電気ですが、引き込み電力量が 75Kva 以上の設備ですと受変電設備である P.U.B. Sub Station を建物竣工3ヶ月前に P.U.B. に引き渡すよう義務付けられています。                                                                                                        これに間に合わない場合は電気の受電も出来ず、建物の竣工も出来ないという厳しいものです。                                                                                                 このようにシンガポールの建築に関する法律は日本より厳しく、申請に遅れると工期もそれに連動して遅れることになっています。                                                                                                 また、これらの申請業務はシンガポールに登録されている P.E. (Professional Engineer) が申請することになっています。

2007年1月 5日 (金)

▼建築確認申請から竣工まで(2)

 前回の続きになりますが、 Buiding Plan Approval  の申請は B.C.D.(Building Control Division) に提出することになります。                                                                                                  この Buiding Plan Approval は申請書類提出から認可まで通常6ヶ月を要します。                                                                    この申請が全てクリアーされて初めて建築物の工事を着工することが出来ます。                                                                         建物が着工して工事が進み竣工が近づくと、まず最初に行われる検査が M.O.E.(Ministry of the Environment) の行う便所、排水関係の検査で、この検査に合格しないと次の検査に進めないことになっています。                                                                                                  M.O.E. の検査に合格すると次にある検査が消防検査です(私の赴任当時はこの消防検査も全て B.C.D. で行っていましたがその後日本の消防庁の指導により消防署で単独に行われるようになりました)                                                                                                          この検査が終了すると B.C.D. による建築竣工検査が行われこれら全ての検査が終了し建物を使用しても良いと認められたら B.C.D. に対して C.O.F. (Certificate of Fittness for Occupation) を申請して初めて建物の使用が出来ることになります。

2007年1月 2日 (火)

▼建築確認申請から竣工まで(1)

 チャイニーズ ニューイヤーにはまだ早いですが、中国福建省出身の人はお正月を【恭喜発財(コンシーファッチャイ)】とお祝いいたします。                                                                                  今年は【Year of Pig】となり豚年になります。                                                                                         今年も宜しくお願いいたします。

さて、新年早々堅い話が始まり申し訳ございませんが、しばらくシンガポールの建築事情の話が続きます。                                                                                                    イギリスの長い植民地統治を経験したシンガポールでは法規、習慣、考え方が英国風になっていて、建築物に対する申請、認可等もそれに従っています。                                                                      シンガポールでは建物を新築する場合二種類の申請を行い認可をとっておく必要があります。
                                                                                                                                                                                   Application for Planning                                                                                                  Application for Building Plan Approval
                                                                                             前者は申請建築物が当該敷地に建てられるか否かを区域制限、土地登記、道路、下水,排水、駐車、公害等の関連においてチェックするものです。                                                                                      後者は建物が構造面、防災面、安全面で問題なく設計されているか否かがチェックポイントになります。                                                                                          建築確認申請は Planning Approva l取得後 Building Plan Approval の提出という段階を踏むことになります。                                                                                         なお、 Planning Approval の駐車場の計画については U.R.A. (Urbon Redevelopment Authority) が定めている諸規定に従わなければなりません。                                                                      申請書類を提出してから Planning Approval が与えられるまでは通常三ヶ月以上の日数を要します。

2006年12月29日 (金)

▼打合せ会議とレター(2)

 私がシンガポールに赴任して最初に担当した工事の設備工事業者の中にただ一社だけ日本の T 熱学がサブコンとして参加していました。                                                                      工事が着工してすぐ T 熱学のシンガポール支店長が我が社に挨拶にみえ、その時                                                「シンガポールスタイルでいろいろレターを書かせてもらうが宜しいでしょうか」                                                                            との打診があったので私もシンガポールでの仕事が始めてのため快く了承しました。                                            工事が最盛期になるとレターが毎日数十通も来るようになり、この返事を書くだけで業務の半分がつぶされる状態でした。                                                                                                      このようなレターに対して返事を書かないと相手側の発言を全て認めたことになるので大変重要な業務になります。                                                                              T 熱学のレターの例では                                                                                               【貴社との打合せにおいてダクト工がダクト取り付け作業のため貴現場に乗り込んだが建築残材の片付けが出来ていなかったためダクトのつり込み工事が出来ず工程が三日遅れた、この責任は貴社にある】                                                                                        というようなレターが毎日来る。                                                                                                         これらの返事をすぐ書かないと当社が三日の遅れを認めたことになるので何らかの反対意見のレターを書くことになります、私の書いた返信レターは                                                                     【ダクトのつり込み作業が出来なかったことは認めます、しかし多くの場所で作業ができるところが沢山あった、その工事をしなかったのは貴社の怠慢である】                                                                     このようなレターのやりとりが竣工まで延々と続くのがシンガポールスタイルとなっています。                                                                                                                また、前回述べた通りこのようなレターは施主、設計事務所など関係者全てに C.C.レターとして配られるので隠しようがない。                                                                          このようにひつこくレターのやりとりをするのは、シンガポールでは工事契約で工事遅延による罰金が非常に高く工事遅延になると必ず罰金を請求されるため、一種の自己防衛としてのレターのやりとりになります。                                                                                    ちなみに、雨による工事遅延も罰金を逃れる理由になりますので、雨が続くと必ずレターを出すことになります。                                                                                              このような厳しい工事契約でも日本の工事契約と違い建物竣工後の保証は一年間のみでその後発生した改修工事などは全て施主が金額を負担することになっています。(ただし、例外もあります)                                                              建物竣工後一年間は請負金額の 10 % をリテンションマネーとして施主がキープし一年後の検査が終了し、問題が無いと判明すると施主がキープしていたリテンションマネーを請負業者に支払ってくれることになっています。

2006年12月26日 (火)

▼打合せ会議とレター(1)

 シンガポールの事務所では日本と同じく会議の多い国です。                                                                      現場の工事事務所では必ず週1回の設計事務所主催による打合せ会議があります。                                議事の進め方は日本と同じく、行程説明、設計変更に対する指示などが主で、その他施主からの注文、要望などが議題になっています。                                                                                    会議で使う言葉は全て共通語である英語であるが、出席者の人種がいろいろあるため難しい話になると議長の指示で全体会議を一時中断して、各々の会社、グループで個別打ち合わせをすることが度々あります。                                                                                       この時は英語、中国語、日本語、タミール語などが飛び交い壮観なものである、この個別会議が終わるとまた全て英語だけの会議に戻ります。                                                                              また、我々の営業所内での会議でもローカルスタッフが一人でも参加すると全て英語だけの会議になります。                                                                                        英語が慣れるまで大変苦労した経験があります。                                                                           さて、会議の議事録(Meeting Minutes)は会議の出席者は勿論、出席していなくても関係する人には全て配布する事になっています。                                                                                     シンガポールは英国統治時代の伝統でレター重視の社会になっています。                                                                   このため、このような打合会議での最初の発言は前回の打合せ記録に訂正が無いかとの問い合わせから始まります。                                                                                     このように大量に発行されるレターは各々の会社に専属でいる私設手紙配達人(キャリヤー ボーイ)が全ての関係者にバイクで配達するしきたりになっています。

2006年12月23日 (土)

▼日本式地鎮祭

 日本の地鎮祭は神式で行うのが一般的です。                                                                                        我が社がシンガポール日本人中学校の新築工事を受注したときの地鎮祭は、出席者が全て日本人であり、建物が日本人中学校であるため式典はどうあっても神式にする必要が有りました。                                                                                                                         シンガポールでは前回述べたように仏式の地鎮祭の段取りは簡単に出来ますが神式での地鎮祭の段取りは非常に難しい問題があります。                                                                                     シンガポールには日本の神社が無いため神主さんも居ません。                                                                  日本から神主さんをお呼びするには費用も掛かりすぎます。                                                                         地鎮祭をどのように執りおこなうか思案しているとき、シンガポールに天理教が布教のため進出している情報が入り、早速当社の担当者がその天理教に出向き地鎮祭のお願いをしたところいとも簡単に引き受けて下さいました。                                                                                                     当日は完璧な神式の祭壇も完成し周りには紅白の幕も張り巡らし、神官の衣装装束も立派なものでした。                                                                                                      日本人の我々は神式の地鎮祭に出席すると、身も心も引き締まり、やはり私は日本人であることを改めて痛感いたしました。                                                                                                       地鎮祭の話の最後になりますがシンガポールでは二番目に勢力のあるマレー系の地鎮祭を経験することは出来ませんでした。                                                                                            マレー人の信仰する回教徒は偶像崇拝を禁止していますので地鎮祭そのものを行わないのかと思いますが、この点はよくわかりません。

2006年12月18日 (月)

▼インド式地鎮祭

 シンガポールのヒルビューにインド系シンガポール人の施主がフラッテド ファクトリー(工場ビル)を建てることになり、この新築工事を当社が受注し着工前の【ヒンズー教式の地鎮祭】に出席する機会がありました。                                                                                        この地鎮祭を執りおこなうために当社の担当者が施主のところに出向き打ち合わせをしたところ、お施主さんの方で全て段取りをするので我が社の人間は式に出席するだけで宜しいととのこと、ありがたくお受けして                                                                               「当日は何時から地鎮祭が始まりますか」と聞いたところ                                                                                                                                               「たぶん10時頃でしょう」と頼りない返事。                                                                                                とりあえず、当日我々は指定時間の10時に現地に行くと会場には祭壇も何もなく建設予定地の敷地の真ん中に垢だらけの素足のお坊さんらしき老人が一人ぽつねんと座っているだけ。                                                                                                                  そのうちお施主さんも集まり、くだんの老人はヒンズー教のお坊さんである事が判った次第です。                                                                                                       さて、いよいよ式典が始まるかと思いきや、一時間経っても、二時間経っても式典は始まらない。                                                                                                                        お施主さんに聞いたところ太陽が一番良い位置に来るのを待っているとのこと、太陽が見えない曇りの日はどうするのだろうと考えながら炎天下で待機していると、やっと【ヒンズー教式の地鎮祭】が始まり、くだんの垢まみれのお坊さん、おもむろに日本のスパーマーケットで売っているイチゴのパックの様なものを取り出して、これに水を入れ、バナナの葉の上に得たいの知れない食紅の様な赤い粉末を入れ、これに先ほどのパックから水を注ぎ泥だらけの指先で練り固め、汚い指で地鎮祭出席者全員の額になすりつけ (インド人の女性が額に赤い印を付けているのと同じ様なもの)                                                                              なにやらお祈りをして【ヒンズー教式の地鎮祭】は終わりました。                                                                         日本の神式の地鎮祭に慣れている我々は何とも不思議な体験でした。

2006年12月16日 (土)

▼中国式地鎮祭

 N 電気シンガポール工場新築工事の地鎮祭当日は日本からお施主の役員さんも出席され【中国式地鎮祭】で執りおこなわれました。                                                                                   式当日は皆様定刻通りに、暑い中ダークスーツを着てお坊さんの到着を待っていたが予定時間が過ぎてもお坊さんは到着せず、我々もまたローカルタイムであると考えていたが1時間過ぎてもお坊さんは到着しない、様子を見に行かせた我が社のローカルスタッフも帰ってこない。                                                                                                                  お施主さんもあまりの遅さに騒ぎ出した頃やっとお坊さんが到着、後でローカルスタッフに聞いたところ、くだんのお坊さんが                                                                                      「今、地鎮祭をするのには時間が悪いので良くなるまで行くわけにいかない」                                                        と頑張りいくらお願いしても動かなかったとの事、シンガポールのしきたりを知らなかった我々は冷や汗をかきました。                                                                                        さて、本番の地鎮祭であるが、仮設テントの中にテーブルを4脚並べその上にお供え物を四ヵ所同じ様に積み重ね、二人のお坊さんがテーブルの前で20分程のお経をあげる、これを合計4回繰り返してその後地鎮祭参加者全員に線香を手渡しお坊さんの後に従い敷地の角から角まで回る、敷地の角に来ると版画で印刷されたお金を燃やし各々がお祈りを捧げて【中国式地鎮祭】のお終いとなりました。                                                                                                全部の式が終了するまで約2時間近くも掛かり暑い中体力のいる地鎮祭でしたが無事終了し我々スタッフ一同ホットした記憶があります。                                                                                     シンガポールの仏教は小乗仏教であり、お坊さんの衣も地味で、お経も御詠歌の様に聞こえ、日本のお寺と違った雰囲気ですがそれなりに荘厳な地鎮祭が経験できました。

2006年12月14日 (木)

▼シンガポールの建築事情

 今までシンガポールでの生活、旅行、高級グルメ、B 級グルメと話が続いてきましたが私の本職での仕事に関した話をしなかったのでこのあたりでシンガポールの建築事情について述べてみます。                                                                                                    今までの話と違って難い話になりますがお許しください。                                                                                           また、当時と今ではシンガポールの建築法規も変わっておりいささか矛盾しているところもあるかもしれませんがお許しください。                                                                                           当社のシンガポールへの進出はインドネシア ジャカルタに次いで古く、また、当時は日本の大手ゼネコン5社が全てシンガポールに進出していて仕事の獲得にしのぎをけずっていました。                                                                                                                     私の在任中に当社が手がけた大物物件としては NOL Building、Tung Center、 Treasury Building、MRT(地下鉄)、DBS第2タワー、Haw Par Bira、海岸埋め立てプロジェクト (このプロジェクトでシンガポールの国土が3%増えたそうです) など建築ラッシュ状態で毎日忙しく過ごしていました。                                                                                               さて、このような忙しかったシンガポールの建築事情について話してみたいと思います。                                                  まず、日本のビル建築でも最初に執り行われる儀式は地鎮祭です。                                                            この地鎮祭は日本ではほとんど神式で行われますがシンガポールでは施主の宗教によりそれぞれ異なった地鎮祭 (Earth Breaking Ceremony) が行われます。                                                        次回から話す予定の【中国式地鎮祭】とは仏式の地鎮祭でシンガポールでは一番よく見かけられるものです。                                                                                                             この【中国式地鎮祭】を最初に経験したのが日本の大手メーカーである N 電気がシンガポール工場新築工事に際して執りおこなわれたもので、本来なら日本の会社であるので神式で執りおこなうのが普通であったが施主のたっての希望でシンガポール式の仏式で地鎮祭を執りおこなうことになりました。                                                                                    次回からいろいろな地鎮祭について述べてみたいと思います。

2006年12月10日 (日)

□ ノニヤ料理

 今までシンガポールで食べられる各国料理について書いてきました。                                                                       シンガポールではその他【韓国料理】、【台湾料理】、【香港麺粥】などの専門店、中国各地の専門の料理とバラエティーに富んだ料理を食べることができますが、最後の締めくくりとして【ノニヤ料理】をはずすことはできないでしょう。                                                                       【ノニヤ料理】といっても知らない方がたくさんいると思います。                                                                      この【ノニヤ料理】はシンガポール料理として位置付けされています。                                                                                 ノニヤとは女性のことでこれに対して男性のことをババ (日本ではババはお婆さんですが・・・・) と呼んでいます。                                                                                         ノニアの意味はマレーシア人から見て外国の婦人の意味があるらしくこの婦人の作った料理を【ノニヤ料理】と呼んでいます。                                                                                  シンガポールはご存じのとおり元来マレーシア領であり、この国に来た華僑婦人がマレー料理と中国料理のミックスされたものを作って食べていました、これが【ノニヤ料理】のルーツといわれています。                                                                                            当時この【ノニヤ料理】を売り物にしていたのがアポロホテルのコーヒーハウスでした。                                     このアポロホテルのコーヒーハウスでは毎日のランチタイムに【ノニヤ料理】のバイキングが提供され評判呼んでいました。                                                                                         味付けの特徴としては、麺料理で説明しますと中国料理の麺スープにココナッツミルクと唐辛子を利かせた独特のこってりした味付けになっています、その他の料理も南国独特のココナッツミルクがふんだんに使われた料理です。                                                                         この【ノニヤ料理】はおそらくシンガポール以外では食べることが出来ない料理と思います、シンガポールへ遊びに行かれた方は是非お試しください。

2006年12月 8日 (金)

□ 日本料理

 日本人である私が日本料理の話をするのも変ですが、シンガポールで食べた日本料理店の美味しかったお店を紹介いたします。                                                                                                     ここにでてくる店名は当時営業していた店で今でも営業しているかどうかは判りません。                                                         お店の経営者も日本国内の大手料理店から、また、完全にシンガポール人によるローカル日本料理店と多数あります。                                                                                                                中でもシンガポールでは古くからある老舗をあげるとミラーマ ホテルの中で営業していた【星ヶ丘茶寮】、セントラル ホテルにある【雲海】、オーチャード通りのエンサンビル最上階で営業していた【山源】、その他【おこう】、【串の坊】など有名店が沢山ありました。                                               シンガポールに長く住んでいますと無性に日本料理が食べたくなります。                                                            私がよく利用していたのが昼食は【星ヶ丘茶寮】(このお店の名前は食通で有名な魯山人が東京で開店したとことで知られていて、魯山人の物語によく登場する名前です)値段は比較的安く庶民的な味でした。                                                                                                               また、夜に酒を飲みながら食事によく通った店はエンサンビルにある【山源】でこの店は東京のマグロ専門問屋が経営しています。                                                                                      この店に東京本社から来星された N 部長を招待したところ、日本の高級寿司屋で食べるマグロより美味しいとの発言でした。                                                                                                    これも道理で【山源】では毎週2回東京築地から空輸されてくる新鮮な魚を食べさせてくれていました。                                                                                                          私もこの店が気に入り、月曜、木曜の夕方8時頃鮨カウンターに座ってお酒を飲みながら築地からの空輸便を待っていました、到着すると直ぐ目の前で魚を捌き食べさせてくれ贅沢な気分にひたっていました。                                                                                          その他高級日本料理店としては【なだ万】、当社施工の商業ビル「デルフィー オーチャード」の中で営業していたサントリー直営の日本料理店【燦鳥(サントリー)】などがありましたが、【燦鳥】は値段が高すぎてお客の不評をかい値下げした経緯もありました (この店は当時鮨カウンターで鮨を2,3カンつまみ、ビールを2杯飲んだだけで一人3万円近くかかっていて驚いていました)                                                                                                その他日本人個人経営による美味しい寿司屋がありよく通った記憶があります。 (この寿司屋の名前は匿名にいたしますが、当社の協力会社であるT 熱学が寿司店の内装工事を請け負ったが施主からお金が貰えず施主と話し合いの上借金分を現物払いと言うことで話がまとまり、T 熱学の支店長と現物払いの鮨をよく食べに通いました)                                                                      中華料理の食べられない方もこれだけ無数の日本料理店があり美味しい料理を毎日でも食べられますのでシンガポールへ遊びに行ってください。

2006年12月 4日 (月)

□ イタリー料理

 イタリー料理などは今の日本国内では日本料理と同じくどこでも食べられるのでわざわざここで説明することも無いが、ここで紹介するイタリー料理は我々日本人スタッフが昼食によく通ったレストランがあったので述べてみます。                                                                                     場所はシンガポール営業所のあるDBSビル地下1階にあるレストラン【タベルナ】です。                                                食事に行って【タベルナ】とはおかしな名前ですがこの店の「鶏のトマト煮」、「ラザーニヤ」とか「ピザ」が美味しい、昼食には近くの日本企業の社員で満員の状態です。                                                                             おそらく味付けが日本人向きになっているためでしょう、このようなレストランで昼食を食べていると日本の大手町あたりのレストランで食事をしている雰囲気になってしまいます。                          また、このレストランのハウスワインは安く美味しいワインで昼食時には欠かせない嗜好品の一つでした。                                                                                                      中華料理に飽きた頃よく利用していました。

2006年12月 2日 (土)

□ タイ バンコック料理

 タイ チェンマイ料理の話がでたついでにタイ バンコック料理について書いてみます。                                   私の好物であるタイ料理については今まで何度か述べてきましたが、私がバンコックで経験した美味しい料理について述べてみます。                                                                                    バンコックも華僑の街のため屋台もシンガポールと似ています。                                                                                          シンガポールの屋台でよく見かけるB級グルメである【海南鶏飯】も当地では【カウマン ガイ】と呼ばれ全く同じ味付けで売られています。                                                                                                      これらの屋台でシンガポールではあまりお目にかからないものと言いますと、魚、鶏類を空揚げにして売っている店が沢山あることです。                                                                                            また、麺類もおばさんが天秤棒にコンロと鍋をぶら下げて街角で麺類を売っています。                                                                                           タイ料理の特徴は前回にも述べましたように酸っぱい、辛い、甘い味で成り立っています。                                                                                                                                                    味付けはナンプラ、ピキニー(激辛唐辛子)、マナウ(柑橘酢)、パクチーなどで味付けされタイ料理独特の味付けとなっています。                                                                                                                                    まず、鍋好きの日本人には好評の【タイスキ】は海老、イカ、などの魚介類と野菜、豆腐などをごった煮にした鍋でこれらを浸けて食べるタレが各店で特徴を出しています、料理を食べた後のおじやは欠かせないでしょう。 (タイの主要都市に支店を持っている M.K.レストランはタイでも【タイスキ】で有名な店です)                                                                                              後、タイ料理で欠かせないのが世界三大スープの一つに数えられる【トムヤム クン】でしょう、これらタイ名物の【トムヤム クン】はそれぞれお店により味が違います、いろいろなお店の味比べをするのも楽しいです。                                                                                                                       以外に美味しく日本人向けの料理としては【グリーン カレー】です、野菜類のたっぷり入ったカレーは暑いタイ向きの料理と思います。                                                                                                                    そのほか珍しい料理としては名前は知りませんが【豚足の鶏版】と言った料理で、鶏の足 (日本では形からモミジと呼ばれています) の薄皮を剥ぎ甘辛く酸味の利いた調味料で和えたものでサラダ感覚で食べることができます。                                                                                 食感はコラーゲンの固まりのようなもので女性に人気がある?料理ではないでしょうか。                               最後に料理を注文するときに忘れてはならないのが【シンガー ビヤー】でしょう、日本のビールとは違いアルコール度数が7度近くありますので飲み過ぎにご注意ください。

2006年11月30日 (木)

□ タイ チェンマイ料理(2)

 チェンマイ料理で美味しかったのは【パクチー入りの薩摩揚げ】と言うような料理で、外見は日本の薩摩揚げと全く同じですが味はパクチーがふんだんに入っているのでタイの味になっています。                                                                                                                                            後は【巨大豆のさや焼き】と言った料理で約40センチもある巨大な豆をさやごと炭火で焼いた料理です、味はやや青臭い感じですがあっさりした料理です。                                                                          最後によく注文して食べたのが【子豚の丸焼き】で前回も述べましたが北京ダックの様に皮だけを食べる料理です。                                                                                                          私もこの【子豚の丸焼き】をシンガポールでたびたび食べましたがシンガポールでは皮の剥ぎ方が雑で脂身がたくさんついています、チェンマイでは丁寧に皮だけを剥いでいますのでいくらでも食べられる美味しい料理です。                                                                                 また、値段もシンガポールに比べ約半額の安い料金で食べられます。                                                                                  古都チェンマイ近くの山岳にはメオ族、アカ族などの少数山岳民族が住んでおり、少数山岳民族が日常食べている料理も経験できます。                                                                                                       料理には必ず竹駕篭に入った【おこわ】がついておりそれを手でつかみ丸めて唐辛子、香辛料の利いた魚、肉などのスープに漬けて食べる料理です。                                                                       私は日本でもお赤飯が好きでしたのでこの【おこわ料理】も抵抗なく美味しく食べられました。                                                                                                        皆様もチェンマイ、チェンライに行かれましたらメオ族、アカ族の料理を体験されては如何ですか。

2006年11月28日 (火)

□ タイ チェンマイ料理(1)

 タイはご存じの通り南北に広く、日本と同じく各地方により料理の味付けもいささか異なっています。                                                                                                            私がシンガポール滞在中何度か訪れたチェンマイ料理について話してみます。                                                           チェンマイも東南アジアの他の小都市と同じく経済、商業は華僑が押さえています。                                                                街を歩くとマレーシアで見られる様な小都市と変わらず華僑経営のコーヒーハウスが至る所に在ります。                                                                                                              また、チェンマイ特産のツバメの巣を売る店、それを安く食べさせてくれるコーヒーハウスがたくさん見かけられます。                                                                                                  楊貴妃が好んで食べたといわれるこのツバメの巣は日本では最高級とされなかなか庶民の我々には食べる機会もありません。                                                                                           ツバメの巣料理は魚翅料理と同じく素材には味も香りも付いていないのでいかに良い出汁 (金華ハムなどで出汁をとります) を取り料理するかにつきると思います。                                                       また、ツバメの巣はデザートのスイートで食べるのも乙な味がします。                                                                      あと、私が好物にしていたのが川魚の姿煮と言うような料理で鱒科の川魚を長さ約40センチほどの魚型をした鍋で煮ながら食べる料理です。                                                                       付け合わせに煮るのがパクチーで煮汁は酸味の利いた味付けでこのスープを飲むのも好きでした。                                                                                                       スープがなくなるとウエイターに言うといくらでも補充してくれます。                                                          チェンマイ料理の話から外れますが一般的なタイ料理の特徴は酸っぱい、甘い、辛いの三要素で味付けされているのが特徴です。                                                                                    タイ料理店に行くとテーブルの上には一味唐辛子、砂糖それにピキニーという名前の激辛唐辛子をナンプラーとマナウ (タイ名産のカポスのような柑橘酢) を混ぜたものに漬け込んだものが置いてあります、これをチャーハンなど振りかけて食べると食欲が増します。                                                                                                                             また、タイ人はスープ麺に一味唐辛子をたっぷりとその上から砂糖をかけて食べています。

2006年11月25日 (土)

□ ベトナム料理

 ベトナムと言うと、サイゴン、サイゴンと言うとベトコンと連想しあまり平和な思い出は有りませんが、最近は雑貨類で若者に人気のベトナムは料理に関しても美味しい健康食を提供してくれます。                                                                                                                    当時ではシンガポールでも珍しかったベトナム料理店がシンガポール一番の繁華街であるオーチャード通りに開店いたしました。                                                                                       このベトナム料理店にシンガポール人の友人と初トライしてみました。                                                                                         料理は全く単純で、肉類も魚介類もすべて野菜といっしょにライスペーパーに巻いて食べる料理が主流です、もちろん米粉から作った麺である「ホー」も捨てがたい味がします。                                                                     全体的に味も癖がなく日本人向けの料理といえるでしょう。                                                                      味付けの特徴としては、どの料理にも香菜 (パクチー コリアンダー) がふんだんに入っていることと、生春巻きに浸けて食べる醤油はベトナム特産の魚醤 (ニョクマムと言って魚を塩漬けにして作った醤油、タイでは「ナンプラー」、日本では秋田名物の「しょっつる」が魚醤です) であることです。                                                                                              このニョクマムは「ナンプラ」、「しょっつる」と比べいささか違った味がします、おそらく材料になる小魚の種類の差と思います。                                                                                               日本の「しょっつる」などの魚醤などが抵抗なく食べられる人は問題ない食材と思います。                                                全体的に味はあっさりとしていていかにも健康食と思える料理です。

2006年11月23日 (木)

□ フランス料理(2)

 フランス料理の思い出としては、私のシンガポール滞在中に上司である M 部長が来星され、フランスに明るい部長をフランス料理で接待したことがあります。                                                                        料理の注文はフランス語の堪能な部長にはなにのアドバイスもせずお任せし、私も自分の食べたいものを注文することにしました。                                                                                         そのとき私が注文したメインディッシュは【生ホワグラのステーキ トリフューのせ】で食後部長から味はどうだったかと聞かれ正直に                                                                                        「ホアグラは缶詰の方が美味しい」 と答えておきました。                                                                         後日、日本へ一時帰国したときの部長との雑談で                                                                                              「実はあのとき私と同じ生ホワグラを注文したかったが値段を考え遠慮して注文できなかった、まことに残念でした」 とのこと。                                                                                                    このように世界的な珍味であるホワグラ、トリフューはシンガポールでも高価な料理でした。

2006年11月19日 (日)

□ フランス料理(1)

シンガポールにはフランス料理店がたくさんありますが、やはり一番有名なフランス料理店はリーゼント ホテルの3階にあるマキシム(Maxim's de Paris)でしよう。                                                                            このマキシムは皆様よくご存じのことと思いますが本店はフランス本国、支店は日本(銀座)、中国(北京)、シンガポールにしかありません。                                               この有名なマキシムに招待を受けて行ったことがあります、当日は私にとっては最高の正装の背広を着て (シンガポールではほとんどの店がカジュアルなノータイでOKです) 家内もそれなりの正装で出かけました。                     さて、私の注文しましたメインディッシュは鹿肉のオレンジソースかけで、(フランス料理はウサギ、鹿、鴨などの季節のシビエ料理を珍重します) この料理は私がフランス料理を食べるときによく注文した料理であるため他の店と味比べをしてみましたが、やはりマキシムは一流の味でした。                                                                          店内は豪華なアールデコ調のインテリアで統一されておりここがシンガポールであることを忘れてしまうほどゴージャスな雰囲気を味わうことが出来ました。                                                                                          フルコースの料理を食べ終わった後にフランス人のコックが挨拶のためテーブルまできたのでたった一つ知っているフランス語でトレビアンといっておきました。                                                                                         私に取ってはこのような超高級店には今後とも行くことはないと思います、よい思い出となりました。

2006年11月18日 (土)

□ ロシア料理

 ロシア料理の美味しいレストランにトロイカという店がありました。                                                                    ありましたというのは残念ながら私が帰国するときには店終いをしていました。                                               このトロイカは当社施工でシンガポール事務所のある DBS ビル(新加坡開発銀行大厦)の52階と支店がマウント エリザベス ホスピタルにありましたが、前述の通り店終いをしてしまいました。                                                                                                         このレストランのウエイターは典型的な海南島出身の人で髪の毛はやや長く、ポマードで撫でつけ、黒の上下のウエイター服を着ている。                                                                               シンガポールの友人に聞いたところ海南島出身者は海外では殆どコック、ウエイターの職業に就いているとのことです。                                                                                                   このトロイカは夕方になると日本からの団体さんがバスで乗り付けていましたので行かれた方もあると思います。                                                                                                      さて、このトロイカの名物は何といってもボルシチでしょう、このボルシチは皆様に説明の必要も無いくらいロシア料理には必ず出てくる名物料理です。                                                                 その他私がよく注文していたのがロブスターのバーベキューで、特大のロブスターをバターを塗り焼いたものです。                                                                                                 その他これはロシア料理とは言えないがペッパー ステーキが大変美味しい。                                             フィレ肉 (OGビーフ) のステーキですが、半割にした黒粒胡椒を大量に使い、テーブルの横でウエイターが焼き加減を聞きながら焼いてくれる、私はもっぱらレアーで注文していました。                                                                                                                  ゴージャスな料理です。

2006年11月16日 (木)

□ ドイツ料理

 ドイツ料理の美味しい店にスコット ロードにあるホリデー・インホテル1階のバロンがあります。                                                                                                                   話は横道にそれますが、当時このホリデー・イン ホテルはブルネイ王国の王様が買い取り王様のシンガポール滞在中の別荘として使用されるようになりました。                                                                        このためホテルの名前もロイヤル・ホリデー・インと改名されました。 (現在は Royal Plaza on Scotts という名前に変わっているそうです)                                                                         この改修工事を請け負ったのが我が社で、2階から3階までの全てのフロアーを王室専用の部屋に改修し、寝室だけでも10室以上の豪華絢爛たる別荘が出来上がりました。                                    王様、皇后様の部屋にある洗面所、バス、トイレに使用されている蛇口など金物類は全て金張りで出来ています。                                                                                                        このホテルの1階に先ほど述べましたバロンというドイツ料理の美味しい店が在りました。                                                   ここの名物料理はソーセージ料理です、このソーセージには種類がたくさんあり日本ではあまりお目にかからない豚の血を固めたソーセージもありました。                                                                     その他には肉料理、ジャガイモ料理とドイツ料理独特の味付けがしてあります。                                                                  バロン入り口近くにあるバーカウンターで席の段取りが出来るまで自由に食べられる固いドイツパンは水割りのおつまみには最適です。                                                                             また、飲み物としてはドイツビールは欠かせないでしょう。                                                                                         食事中には4人の弦楽奏者がテーブルまで来てリクエスト曲を演奏してくれる、私も家内と時々このバロンに食事に行きましたが、我々日本人には映画の主人公になった気分に浸れる楽しいレストランでした。 

2006年11月14日 (火)

□ イスラミック(ハラール)料理

 シンガポールにはマレーシア系のモスレム(回教徒)がたくさん住んでいます。                                                        これらの敬けんなるモスレムが食べる料理がイスラミック料理 (ハラール) です。                                                        回教徒は前にも述べましたが食事に対する戒律が厳しく、特に豚肉は食べることは勿論豚肉をかつて料理したまな板、包丁、食器も使用する事が出来ません。                                                                     羊、鶏は食べることが出来ますがこれも屠殺前にお祈りをしたという証明が付いていない羊、鶏は食べることが出来ません。                                                                                                     この様に戒律による食事制限のある料理なので我々日本人、中国人のように雑食人種には美味しい料理とは言えません。                                                                                            料理に使う油脂も動物油脂を使うことが出来ないので殆どの料理に椰子油を使用している。                                                                                                                     この椰子油は馴れない日本人には悪臭に感じる。                                                                                     また、回教徒は猫舌なのか殆どの料理が冷めた料理です。                                                                         シンガポールでこのハラール料理店を探すには、入り口の看板に三日月と星のマークのあるコーヒーハウスがそれです。                                                                                          シンガポールへ行かれて興味のある方はこの目印のあるお店を探すか、マレー人に聞けば場所を教えてくれます。

2006年11月12日 (日)

□ 印度料理

 シンガポールからのミニ海外旅行の話も長く続きましたのでこのあたりで目先を変えてシンガポール滞在中に食べた各国の料理 (B級グルメから高級料理まで) の話をしてみたいと思います。

 各国料理が食べられるシンガポールは印度料理店も有名なお店がたくさんあります。                                         印度料理では高級な店の一つに、ヒル ストリートにあるオマール カヤム(Omar Khayyam)というレストランが在ります。                                                                                                         この店に日本人の友人と二人で食べに行き、まず料理を注文してビールを飲みながら料理の来るのを待っていたが1時間たっても料理が運ばれてこない、ビールのお変わりを注文しながらしこたま飲んで酔っぱらった頃やっと料理が運ばれてきました。                                                                     後からシンガポール人の友人に聞いたところ印度料理の高級店ほどお客の注文を聞いて料理を作り始めるとのこと、日本の高級鰻屋に似たところがあります。                                                                       さて、肝心の料理であるが日本人から見ると殆どカレー料理と思えるものばかりです。                                                           その中から日本人の口に合うものを述べてみると、皆様お馴染みの【タンドリー チキン(Tandoori Chicken)】は最もポピュラーな印度料理でしょう、これは鶏肉をヨーグルト、ライムジュース、チリ、各種のスパイスに漬け込み日本にある様な焼き芋屋の壺に吊してこんがりと焼いたものです、ビールのおつまみに最適です。                                                                             よくご存じの【ナム(Naan)】、【チャパティー(Chapati)】は印度のパンでタンドリー チキンを焼く壺の壁面に張り付けて焼いたものでカレーに浸けて食べると非常に美味しいパンです。                                                                                                                    さて、本命のカレーですが種類がたくさんあり我々も良く内容が判らないが野菜カレー、レンズ豆カレー、マトンカレー、チキンカレー、果物入りカレー、海老カレーと多種多様です。                                     ただし、一つ一つの量が少ないので4~5種類のカレーを注文して食べるのも楽しいものです。                                                                                                                         カレーの辛さも激辛ではなく日本人にも受け入れる事が出来ます。                                                                               ご飯を注文するとご多分に漏れずサフランライスが出てきますのでナム、チャパティーで食べることをお勧めいたします。                                                                                   今回紹介しましたオマール カヤム(Omar Khayyam)は高級店ですのでスプーン、ホークで食べますが、大衆的な印度料理店ではバナナの葉の上に盛られた料理を手掴みで食べます、手掴みで食べる料理も楽しいものです。

2006年11月10日 (金)

◇日本への旅(2)

 設計作業も順調に進みシンガポールへ帰る日も近づいた頃、シンガポール人の先生方も日本料理に飽きがきたと感じられたので、ある日、高級中華料理店?に招待すべくお誘いしたところ、両先生は大変喜んでくれ勇んで出かけることとなりました。                                                                        中華料理店に行き次々と出てくる料理を楽しんで食べていましたがシンガポール人の先生は時々首を傾げながら食べている。                                                                                    私も不思議に思いざっくばらんに 「味は如何ですか?」 と聞いたところ                                                                                                         「この料理は大変美味しい、しかし料理の内容に統一性が無い」 という返事が返ってきた。                                                                                           話を良く聞いてみると、                                                                                                           「料理の内容が四川、北京、広東料理といろいろ出てくる、本当の中国料理は北京料理なら北京料理だけで統一されており決してよその料理は入ってこない」 とのごもっともな話である。                                                                                                                       日本人の感覚からすると京料理を食べに行って秋田名物のしょっつる鍋が出てきたのと同じ感覚だったのでしょう。 (最初から横浜の中華街へご招待すればこの様な事は無かったと後悔しています)                                                                                                  この様な笑い話も有りましたが私とシンガポール人の先生との日本旅行は無事終わりました。                                                                                                              先生のお土産は秋葉原で買ったパソコンとシンガポールでは買えない特大型の美味しいリンゴでした。

2006年11月 8日 (水)

◇日本への旅(1)

 日本人である私が日本への旅行とはおかしな話しであるが、日本への旅の話をしてみたい。                                                                                                                      シンガポールの我が社に商業ビルの設計施工の依頼がありました。                                                                                       この設計業務をこなすためにはシンガポールの建築法規を知らない東京本社の設計スタッフでは荷が重たい。                                                                                                そこで私が懇意にさせてもらっている設計事務所 Monenco Asia の Mr. Chan Kock Hong、Mr. P.S.Loh の二人を連れ我が社の本社の設計スタッフを指導するために一週間の予定で日本に出張することになりました。                                                                                          私の東京での役目は初めて日本を訪れるシンガポール人の先生がいかにスムーズに日本の設計スタッフに指導できるかということで、指導の合間の観光案内、ショッピング、食事のお供など全ての面倒を見ることでした。                                                                                           観光案内は外国人専用のハトバスがあるので先生お二人と私の家内と共に東京案内をしました。                                                                                                           私も外国人専用のハトバスに乗るのは初めてで、コースは皇居広場、靖国神社、浅草などの一般的な場所の他に我々日本人が知らないような所にも案内されあらためて驚いた次第です。                                                                                                     例をあげると、六本木にある田崎真珠のビルに案内され、この建物の最上階で生け花、お茶のセレモニーを見せてくれ、これらのセレモニーは外国人も参加出来るようになっています。                                                                                                               このセレモニーが終わると真珠の売り場を通って帰るような仕掛けになっています。                                                                       次の日に先生方にどこか行きたいところが有るかと聞いてみたところ二人とも秋葉原に行きたいという。                                                                                                       話には聞いていたが日本に来る観光客の殆どが秋葉原に立ち寄って行くらしい。                                                            世界の秋葉原と呼ばれているのは過言では無いでしょう。

2006年11月 6日 (月)

◇ゴールデン・トライアングルへの旅(2)

 前回の話に続きますが、阿片を吸引している青年が私に吸ってみるかと勧めるがさすがの私もこれだけは怖じ気づき丁重にお断りしました。                                                                                 ご存じと思いますがシンガポールでは麻薬、覚醒剤に対しては非常に厳しい国でチャンギ国際空港には常に麻薬探知犬がいるし、この様な地区へ遊びに行った観光客には検査がことのほか厳しくなっています。                                                                                                  私は今回の旅行の帰りにマレーシアのペナンに立ち寄りシンガポールに帰ってきたが入国審査の時パスポートで立ち寄り先をチェックされ、税関では鞄の中を徹底的に検査されました。                                                                                                        例えば鞄の中に入れていた洗濯物の靴下の中まで手を入れて検査をするという厳重なものでした。                                                                                                        シンガポールでは麻薬、覚醒剤の所持は理由の如何に問わず死刑になります。                                                             私の在任中にもオーストラリアの若者2名が麻薬所持で逮捕され一ヶ月後には死刑が執行されました。                                                                                                                    この時にはあまりにも早い刑の執行であったためオーストラリア政府がシンガポール政府に抗議したが聞き入れられず死刑となりました。                                                                                         この様な厳しい取り締まりをしているシンガポールで私の友人から驚くべき話を聞きました。                                                                                                                               話の発端は前回述べましたシンガポールのお寺に安置されている【鍾馗さん】は口の周りに生阿片を塗りたくってある、この様な生阿片は何処で手に入れるのだろうと友人に聞いたところ、彼がおもむろに語るところによると、友人の祖父は亡くなるまで阿片窟に阿片を吸いに行っていたとのこと、また、時々警察に捕まるが老人であるということで翌日には釈放されていたとの話です。                                                                                                       私の友人はこのことをあまり話したがらないが戦前から阿片を吸引して中毒患者になっている老人に対しては警察も大目に見ているらしい。                                                                                      この様な厳しい取り締まりをしている国にしては不思議な話です。                                                                            話はゴールデン・トライアングルに戻りますが当時はタイの軍隊が1年に一度ケシの刈り取り作戦を行っていたらしいが焼け石に水の状態だったらしいです。                                                                      世界中何処に行っても日本人の観光客と出くわすが、さすがにゴールデン・トライアングルでは日本人を見かけることは無かったです。

2006年11月 4日 (土)

◇ゴールデン・トライアングルへの旅(1)

 タイ、ラオス、ミャンマーの国境地帯をゴールデン・トライアングル(黄金の三角地帯)といっています。                                                                                                            このゴールデン・トライアングルにタイの山岳少数民族の村を訪ねる旅に出かけました。                                           現地まではシンガポールからバンコックまで行き、バンコックで国内線に乗り継ぎチェンライまで飛びチェンライからは車を乗り継いでの冒険旅行となりました。                                                                         当時のゴールデン・トライアングルは皆様もよくご存じのことと思いますが世界的なケシの栽培地で有名なところでした。 (現在は外国資本が入り健全な観光地に変わっています)                                                                                                                    私がゴールデン・トライアングルを訪れたときは山の斜面にケシの花が一面に咲き、高原のお花畑にいるようなのどかな景色が見られました。                                                                                                        この美しいケシの花が咲いた後のケシ坊主 (小さな鶏卵ほどの大きさ) をノコギリ刃が付いたカマでケシ坊主に傷を付けしみ出てきた樹液を採集し固めたものがかの有名な生阿片になります、この生阿片を Opium と呼んでいます。                                                                               この Opium を精製して粉末状に加工したのが恐ろしい覚醒剤になります。                                                             私もこの様な大規模なケシ畑を初めて見たもので夢中で写真に撮りました。                                                                                     この村の中には女性と子供しか見あたらない、若い男達は何処にいるかと言えば全員が薄暗い家の中で阿片を吸引している。                                                                                             阿片を吸引しているところを写真に撮らしてもらった様子を再現すると (勿論それなりのチップが必要) 、阿片吸引道具は直径4,5センチ、長さ30センチ程度の竹筒の片方に吸引するための穴を開け、反対側に5ミリ程度の穴が空いている。                                                             吸引する場合は黒っぽい生阿片を少量手で丸め、それを針金の先に付けランプの炎で煙が出るまで炙る、煙が出始めるとジリジリと音がしている。                                                                            この煙が出ている破片を先ほどの吸引具に付いている穴に近づけ煙を吸うのである。                                                 阿片の吸引儀式を見るのは私にとっては初めての体験で (勿論殆どの日本人は見たことが無いと思います) 非常に怖く、何となく後ろめたい気持ちで見学しました。 

2006年11月 2日 (木)

◇オーストラリアへの旅(3)

 オーストラリアに4,5日滞在していますと東洋人の我々は自分の国の料理が無性に食べたくなる。                                                                                                        シンガポール人の友人も同じらしく、日本料理か中国料理を食べようと意見が一致しレストランを物色したが日本料理店は高価そうなのであきらめ、一軒の大衆中国料理店に【海南鶏飯(ハイナン・チキンライス)】の看板を見つけ、これなら日本人の私もシンガポール人の友人も大好物ということで飛び込み早速【海南鶏飯】を注文して食べたところ、ライスはオーストラリア米にもち米を混ぜて炊いてあり、鶏の味付けもシンガポールの味付けと全く異なりガッカリしました。                                                                                                   これに懲り次の日はシドニーのチャイナタウンへ行くことに決定し出かけました。                                                         シドニーのチャイナタウンは規模が大きくレストランも高級店から大衆店まで揃っている、取りあえず中級の店で食事をしたがリーゾナブルな値段で美味しく食べられました。                                                                                  オーストラリアでこの様な中国料理を食べていると私は東洋人だなあとつくづく思い知らされます。                                                                                                                          さて、オーストラリア最後の訪問地であるメルボルンであるが、この街で乗り合い観光バスに乗ったが、驚いたことにこの観光バスのコースの中に建て売り住宅の見学が組み込まれていたことです。                                                                                                            日本人だけのツアーなら理解も出来るが観光バスの同乗者の中で日本人は私が一人だけである。                                                                                                                          建て売り住宅の現場に行くと案内人が家の隅々まで案内してくれ、日本人の私にはこの建物はこんなに安い買い徳であると盛んに売り込んでくる。                                                                                             幾ら日本に比べて安くともおいそれと契約できるものではなく丁重にお断りしたが売り込みが激しく苦労した観光でした。                                                                      オーストラリアに行くとコアラとカンガールは何処でも見物でき、また、観光地のレストランではワニ肉料理、カンガール肉料理を売り物にしており、初挑戦でカンガール肉を食べてみたがあっさりした味の美味しい料理でした。                                                                           皆様もオーストラリアに行かれましたら是非賞味してみて下さい。                                                                                    8 day の (オーストラリアの方言であるダイダイ英語?では 8 day を アイト ダイ と発音します) 旅行も楽しかった思い出と共に無事終わりました。

2006年11月 1日 (水)

◇オーストラリアへの旅(2)

 夕刻シドニーに到着、早速食事のため街に繰り出してみると驚いたことに繁華街の商店は全て6時で閉店になっている。 (閉店といっても街の美観のためリングシャッターを降ろすだけでショーウインドーは明かりを付けていますのでウインドーショッピングは可能です)                                                                                                                                    また、百貨店も6時で閉店、何か急に欲しい物があっても何も買うことも出来ません。                                                             日本などでの便利な生活に慣れきっている私には奇異な感じに映りました。                                                                 次に驚いたのがレストランである、半数以上のレストランがリカーライセンス(酒類販売許可証)を持っていないので食事をするにもアルコール類は一切注文できない仕組みになっています。                                                                                                        しからば、私みたいに酒好きな人はどうするかといいますと、レストランの入り口でリカーライセンスが有るかどうか調べ、無い場合は街の酒屋でウイスキーなどを買いレストランに入ることになります。                                                                                                           日本では酒類の持ち込みに対しては持込み料と称して幾らかの金銭を要求されますがオーストラリアではこの様な制度はなく、逆に氷などを無料でサービスしてくれます。                                                      オーストラリアの街にある酒屋でアルコール類を買うにも店の閉店時間を知らないとアルコール抜きの夕食となることでしょう。                                                                                                        ご注意しておきたのがオーストラリアでは日本の街で見かけるような酔っ払いは一人もいません、たぶんお酒は自宅でゆっくりと飲んでいるのでしょう。

2006年10月30日 (月)

◇オーストラリアへの旅(1)

 私がシンガポール滞在中で一番長期に渡る八日間のオーストラリア旅行を計画しました。                                                                                                                     同行はお馴染みのシンガポール人の友人と私を入れて3名による旅行でした。                                                                      行程はシンガポールからブリスベンに飛びシドニー、メルボルンと巡る旅でした。                                                                      日本からオーストラリアに行くのに比べ距離的にはずいぶん短いと思っていたがブリスベンまで8時間の長旅でした。                                                                                                                                       ブリスベン飛行場に到着すると機内アナウンスがあり、検疫が有るので暫く座席で待機しておくようにと放送があり、待っているとオーストラリアの検疫官が飛行機に乗り込んできておもむろにスプレー缶の殺虫剤らしき物を両手に持って我々乗客の頭の上から振りかけながら前に進んでいく、まるで我々はゴキブリ扱いである。 (その後再度日本からオーストラリアに遊びに行ったときはこの様な扱いはありませんでした、東南アジアからの飛行機だけこの様な扱いをするのでしょうか?)                                                                                            この様な検疫が無事終わり機外に出て入国審査カウンターに行くと延々と数百人の行列が出来ている。                                                                                                       オーストラリアは動植物の持ち込みに対しては厳しい規制があり入国審査官は鞄の中を徹底的に調べている、私達の前にいた乗客は缶詰を持ち込もうとして検査官に見つかり没収されていました。                                                                                                   この様に徹底的に検査する上に検査ブースが少ないため我々の通関が修了するまで1時間近くかかりました。                                                                                                日本の成田空港でこの様なスロー検査をしていたら大混雑は間違いないでしょう。                                               さて、ブリスベンの町はオーストラリアの小都市といった町で、車で30分の近くにあるゴールドコーストの玄関口となっています。                                                                                                到着2日目はブリスベンの街をマイクロバスで観光し、昼食はオーストラリア名物の蟹料理を堪能しました。                                                                                             次の日はゴールドコーストで一日ノンビリと過ごし、夕方のドメスティック便で次の目的地であるシドニーに向け出発しました。                                                                                  我々が搭乗したオーストラリア航空のドメスティック便は徹底的に合理化運営がされており、100人近く乗れる飛行機には機長と客室乗務員が1名だけで運行している、我々が搭乗すると機長が客室乗務員と2人でお客を誘導してくれ、荷物まで預かってくれます。                                飛行中は客室乗務員1人で飲み物サービスなどをこなし大した働きぶりでした。

2006年10月28日 (土)

◇台湾への旅

 日本から近い海外旅行といえば韓国か台湾でしょう。                                                                        私はこの台湾にシンガポールから遊びに行きシンガポールに帰ってきたことがあります。                             この旅行もシンガポール人の悪友と3名による旅行でした。                                                                                        当時はシンガポール人はビザは不要でしたが、日本人の私だけビザが必要ということで台湾大使館に申請しビザを取得して出発の運びとなりました。                                                                    私にとっては初めての台湾旅行であったが、台湾人の年輩の人たちは殆どの人が日本語を話せ、また、友人のシンガポール人は華語(北京語)で話している。                                                                         久しぶりに英語抜きで外国人と会話が出来、日本にいる様な錯覚を覚えたものです。                                                  第一日目はシンガポール人の友人の友達が台北に住んでいたのでその家を訪れ歓待を受けました。                                                                                                        特に日本人の私は日本語の話せるご両親から日本のことを聞かれ楽しい一夜を過ごすことが出来ました。                                                                                                       次の日は私の友人がカオシュン(高尾)に用事が有るということで私と別行動を取ることになり私は一人で台北の街を楽しく散策しました。                                                                        台北の浅草といわれる龍山寺にお参りして華西街を散歩し、台湾名物のスッポン料理を堪能し、夜は圓環の屋台料理を堪能しました。                                                                                      この圓環の屋台料理には日本食専門の屋台もあり (私は食べませんでしたが・・・)日本人には抵抗感無く食べられる屋台です。                                                                                                                    次の日は全員で故宮博物館に行き真面目に歴史の勉強もしました。                                                              さて、台湾滞在中に覚えた面白い台湾語を紹介しますとタクシーの運転手のことは【うんちゃん】と呼んでいる、恐らく日本統治時代の名残でしょう。                                                                     また、食堂のメニューにあるスープの名称も漢字で【上水】、【下水】と書かれている、【上水】はいわゆる普通のスープで、【下水】は豚のモツ入りのホルモンスープのことをいっています。                                                                                                     日本人の私は【下水】だけは文字から連想して注文することが出来ませんでした。                                                台湾土産としては何といっても【カラスミ(ボラの魚卵を塩付けし干した物)】でしょう、日本の長崎産の上物は桐箱入りで一双の【カラスミ】が数万円しますが、台湾では庶民の食べ物となっています。                                                                                                       【カラスミ】に日本酒をぬり軽く炭火であぶり大根の薄切りをはさんで食べるとお酒の飲み過ぎになることは間違いございません。

2006年10月26日 (木)

◇香港への旅(2)

 香港2日目は A さんの車で中国返還前のニューテリトリーにある中国との国境地帯に見学に行きました。                                                                                                        当時は共産国との国境地帯ということで香港側と中国側に有刺鉄線によるバリケードが敷かれていて、香港側から望遠鏡で中国軍の警備兵などを覗くことが出来ました。                                                                  中国返還後では考えられないような景色でした。                                                                                                     次の日は映画【慕情】で有名になった香港島の丘の上にあるホテルで食事をしたり、夜は百万$の夜景を楽しんだり、九龍(Kowloon)の街を見物したりとお上りさん感覚で香港を楽しみました。                                                                                                            3日目は海上に浮かぶ Floting Restaurant で有名な【珍寶海鮮酒餐】でシーフードを満喫して楽しみました。                                                                                                  私は初めての外国を訪れた時には必ず案内人無しでバス、電車を乗り継ぎ街を散策することにしています。                                                                                                              香港でも最終日の一日を一人歩きで楽しんできました、日本に帰る日にお世話になった A さんに、かの有名な【九龍城】へ行ってきたといったら、香港駐在の日本人でも怖くて行ったことがないとのこと、香港ではローレックス等の高級腕時計をして下町を歩いていると腕を切り落として時計をかっぱらって行くとのうわさ話があるらしい。 (私は当時ローレックスの腕時計でした) この様なうわさ話は知らず、知らぬが佛で香港の下町を堪能してきました。                                                                                                            今は【九龍城】も取り壊され残念なことにかつての名残は皆無になりました。

2006年10月24日 (火)

◇香港への旅(1)

 私の日本での友人である S 冷熱勤務の A さんが建築工事従事のため香港に単身赴任していました。                                                                                             その A さんからシンガポールの私の所に国際電話が入り、香港に遊びに来ないかとの招待を受け、私も丁度チャイニーズ ニューイヤーで日本に一時帰国する予定でいたのでこのお誘いを喜んでお受けることにし、日本への帰国前に香港に立ち寄ることに致しました。                                                                                                                               香港は未だ中国へ返還前で飛行場も古い Kaitak 国際空港でした。                                                                     シンガポールのチャンギ国際空港を出発して5時間足らずで市街地上空すれすれに降下し Kaitak 国際空港に無事到着、ホテルは香港でも高級であるペネンシュラ ホテル(半島酒店)を A さんが予約してくれていました。                                                                                今回私が香港に是非行ってみたいと思った一番の理由がマカオで一攫千金を夢見たからです。                                                                                                      ホテルに到着すると直ぐにA さんにマカオまでの船の切符をお願いしてホテルで待っていたところ、マカオへ渡る切符は手配できたけれどマカオから香港に帰る切符が取れないとのこと。                                                                                                  チャイニーズ ニューイヤーはシンガポールと同様で会社、商店は休みとなり、香港人のお金持ちはマカオへのギャンブル旅行で混雑するらしい、せっかく香港まで来てマカオへ行けない羽目になってしまいました。                                                                             仕方なく気を取り直して翌日からは香港観光と決め、今夜は香港の美味しいグルメを堪能することで話がまとまりました。

2006年10月22日 (日)

◇バタム島への旅(2)

 バタム島は日本からの進出企業の製缶工場が在るだけの本当に小さな島です。                                                         島の中心部にはナゴヤという町が在ります。                                                                                       この町名の由来は日本の名古屋出身の人がたくさん住んでいたのでナゴヤと呼ばれるようになったそうです。                                                                                     この様な小さな島に日本人町が在ったとは驚きです。                                                                        我々はこの島で開発工事をする場合の諸条件をチェックして歩き、問題ないと結論を出してシンガポールへ帰りました。                                                                               シンガポールではこのプロジェクトのためチームを組んで半年ほど計画、見積を進めてきましたが開発事業主が金銭的理由によりこの開発を中止するとの連絡があり、残念ながら我が社のプロジェクト チームも解散となりました。                                                                      この様に突然中止になることは度々ありますが誠に残念な結果となりました。                                                      その後、私が帰国後バタム島のリゾート開発が再会され、今は観光客で賑わっているらしいです。

2006年10月20日 (金)

◇バタム島への旅(1)

 バタム島はインドネシア領ですが、この島へ渡るのはインドネシア本土から行くよりシンガポールのケッペル港から高速艇で直接渡った方が早く行けます。                                                        このバタム島にシンガポール資本を注ぎ込んで、ゴルフ場をメインにしたリゾート開発をする計画がシンガポールの設計事務所から発表されました。                                                                         我が社のシンガポール営業所とインドネシアに在る関連会社のジャヤ O B と組んでこの計画に参画する事になり現地調査を兼ねてバタム島に視察旅行に出かけることとなりました。                                                                                                          バタム島に着いてまずすることは入国のための通関手続きである。                                                                     バタム島のインドネシア人の税管吏は観光客の外国人が来なくて暇なせいか懇切丁寧に荷物検査をする、また、バタム島は業務目的で入国する場合は入国税無しで入国できるが観光目的の場合は入国税を取られるしきたりになっています。                                                                            この熱心な税関吏は私が業務のための入国と言っているのに、お前は観光のための入国だろうとひつこく聞いて私から入国税を取り立てようとする。                                                                             インドネシア政府に対し忠実に仕事をするには大変良いことであるが、この取り立てた入国税がインドネシア政府に入るかどうかははなはだ疑わしい。                                                                 また、入国検査と称して私の鞄を開け中にある私の私物を見つけ、この品物は自分へのプレゼントかと聞き堂々とアンダーテーブル (袖の下、賄賂のこと) を要求する。                                               話は変わりますが当時インドネシア ジャカルタに駐在していた友人の話によると、現地でいつも車で走っている道が突然右折禁止の移動看板が取り付けられていることがあるらしい、この様な場合にはその先に必ず警察官がいて罰金の取り立てをしているそうです。                                    翌日になると右折禁止の看板はなくなり元通りになっているそうで、警察官の小遣い稼ぎのための罰金の取り立てらしい。                                                                                              この様な悪徳?税関吏と悪戦苦闘の結果やっと入国を認められました。                                                                                それ以来バタム島に訪れるときにはS$1をこより状に細く丸め数本ポケットに入れておき、税関吏がクレームを付けた場合1本ずつポケットから取りだし税関吏の胸のポケットに入れてやるとスムーズに通関出来ました。                                                                        お断りしておきますが現在のインドネシアではこの様な事は無いと思います。

2006年10月16日 (月)

◇コロポックルへの旅

 コロポックルと聞かれても何処にあるかご存じないと思います。                                                                                     家族が日本に帰国して単身赴任になったある日、シンガポールの英字新聞を見ていると【コロポックル ツアー】募集という広告があり、名前が何となくエキゾチックに聞こえたので日本人の友人とツアー参加の申し込みをしました。                                                                                             出発は観光客で有名なニュートンサーカスの駐車場を朝6時出発ということで指定時間にバスに乗り込みました。                                                                                                                    ツアーはある程度ミステリー ツアーの様な物で行き先はマレーシアのジョホールバルー州からあまり遠くない水上生活者の町を訪ねるツアーでした。                                                                 このコロポックルと称する町の全ての家、学校、教会、商店、レストランが海の上に木製の足場を造りその上に建てられている海上都市となっています。                                                                    町の中にある道路も全て板敷きの道で幅4メートルほどの道が町全体に張り巡らされている。                                                                                             また、道の両側には安全柵もなく私みたいな酒好きな人間は1年に数回は海に落ちることでしょう。                                                                                                         この板敷きの道には普通の道と同じく犬、猫もノンビリと歩いている。                                                      この町の生計は全員が漁師でたまに私達のような観光客が使う現金収入で生活しているらしい。                                                                                            我々も昼食はコロポックルの中にあるシーフード レストランで食事をしたが、食材はこの町の漁師が採ってきたばかりの魚、蟹、海老類で新鮮で美味しい料理を堪能できました。

2006年10月14日 (土)

◇マレーシアへ蝶々採りの旅(2)

 前回書きました蝶々採集の旅以来マレーシアの K L (クアランループル)へは仕事がらみの出張で50回ぐらい行きましたが同じようなトラブルに見舞われることもありませんでした。                                                                                                                          シンガポールから K L まではチャンギ国際空港からシャトル便が1時間ごとに出発しており出国手続きも簡単で、到着順で搭乗できます。                                                                                           ただし、当時 K L ではタクシーの数が少なかったせいか、市内から飛行場まで行く場合はおんぼろタクシーで相乗りが普通でした。                                                                        この相乗りタクシーも同じ目的地に行く人の相乗りではなく路上至るところで客を拾う、また、運転手も行き先を聞かずに乗車させ飛行場へ行くために最初に乗った私が遠回りになることは請け合いである。                                                                          最初に乗った人の料金も割引料金ではなくメーター通りの料金を請求する、勿論途中から乗り途中で降りる人からも料金を取っているがマレー語でのやりとりのため私にはこれらのシステムはさっぱり判りません。                                                                                 日本ではトラブルで大騒ぎになることは間違いありませんが、しごくノンビリした国民です。                                      私も最初の内は嫌々これらの相乗りタクシーを利用していたが、ある時飛行場のリムジンバスを利用してからはこのリムジンバスにやみつきになり毎回快適に利用するようになりました。                                                                                                                   利用の仕方は市内にある有名ホテルにぶらりと入り、ドアーマンにリムジンバスの時刻を聞いた後チップを渡しホテルのバーでお酒を飲んでいるとリムジンバスが到着したとホテルのドアーマンが呼びに来てくれる。                                                                             これらのリムジンバスは殆どお客は2,3人程度しか乗っていない、冷房完備のデラックスバスを貸しきりで乗っているような気分に浸れます。                                                                   皆様へも安くて快適なリムジンバスをお勧めします。

2006年10月12日 (木)

◇マレーシアへ蝶々採りの旅(1)

 題目を見て私が蝶々採集の趣味があったのかと驚く方もいると思います。                                                                    さて、この話の発端は私がシンガポールに赴任して間もない頃、我が社の顧客である N 電気がシンガポールに工場を新築することになり、工場の規模が同じ程度の N 電気マレーシア工場を視察に行くことになりました。                                                                                             この出張は日本から来ている T 熱学の日本人エンジニヤーと私だけの視察旅行となり 、N 電気の担当者から先方宛の紹介状を貰い出発しました。                                                                                        N 電気マレーシア工場は K L 国際空港からさらにタクシーで3時間ほど奥地に入ったセランゴール州の外れにあると聞いていました。                                                                        K L 国際空港に到着して地理不案内の我々は英語の話せるタクシーをチャーターし口答で行先を伝えたら間違うと思い行き先を書いた紙を運転手に見せ、この場所が判るかと聞いたところ運転手は愛想の良い顔で良く知っているという。                                                                                    さすがに日本の大メーカーはマレーシアでも名前が通っていると安心しマレーシアをドライブ旅行する気持ちで途中食事をとりながら運転手に任せきりで走っていました。                                                            これが喜劇の始まりで地理不案内の我々は3時間以上かかると聞いていたので相当の田舎と思っていました。                                                                                   3時間近く走ると山の頂上近くにある湖のほとりに出て、運転手にまだかと聞くともうすぐだという。                                                                                                  暫く走り、見晴らしの良い場所に車は止まり、我々は親切な運転手が素晴らしい景色を見せてくれるために車を停めたと解釈していると、この運転手はここが紙に書いてある住所だという。                                                                                                       周りには工場らしき建物は全く見あたらない。                                                                                くだんの運転手にいろいろ聞いてみると、我々が日本から蝶々の採集に来たと誤解している。 (実際にこの場所は珍しい蝶々の宝庫で日本からたくさんの愛好家が蝶々の採集に来ているらしい)                                                                                                                                     どの様に考えても紙に住所を書いているので間違いようが無いはずなのだが、さらに良く話を聞いてみるとこの運転手は英語はりゅうちょうに話せるが英語を読むことが全く出来ないことが分かりました。                                                                                                           それからあらためて住所を運転手に読んでやり2時間遅れでやっと N 電気マレーシア工場に到着することが出来ました。                                                                                      この運転手はチャッカリとメーター通りの料金を請求し、謝りの言葉も全く聞くことが出来ませんでした。

2006年10月10日 (火)

◇ゼンティン ハイランドへの旅(2)

 今回のカジノ初体験旅行でその他に経験したギャンブルはバカラ (日本のさいころ賭博でチンチロリンに似たもの)、ビンゴなどでした。                                                                                お馴染みのビンゴはビンゴカードを5,6枚買っておくとカジノ内のレストラン、バーなどに置かれているテレビで常に実況中継されているので食事をしながらギャンブルを楽しめる仕掛けになっています。                                                                                                      後日訪れたラスベガスのカジノはアルコール類、タバコなどが無料でサービスされていましたがここのカジノはタバコのみ無料でサービスされていました。                                                                       ジェンティン ハイランドの客筋は欧米系の客より金儲け目当ての華僑が多い様に見受けられました。                                                                                                             今回徹夜で遊んだカジノでの総儲け高は日本円にして約12万円の儲けになりました。                                                この儲けに味をしめ数ヶ月後再挑戦をしたところ今度は10万円の負け、なかなかうまくいかないものです。                                                                                                                その後ジェンティン ハイランドでは面白い話が舞い込んできました、それは我が社の U 次長の所にシンガポールの旅行社から、マレーシアのジェンティン ハイランドに夫婦二人を交通費、ホテル代込みで無料で招待するとの情報があり、その条件としてカジノのチップを前もって一人当たり M$1,000 分購入するとの条件が付いていました。                                          U 次長は早速この話に乗りチップを二人分のM$2、000 を購入の上夫婦でマレーシアへ一泊旅行に出かけました。                                                                                                 後日ギャンブルの結果を聞くと、夫婦でルーレットで遊びご主人が黒にチップを賭けると奥さんは同額のチップを赤に賭け遊んだそうです、ルーレットをやられた方はご存じと思いますが黒、赤に来る確率は50%で掛け金も丁度倍になる 、黒、赤に二人別々に同じ金額をかけている限り儲けは無いが絶対に損はしない様になっています。                                                                   ということで、マレーシアへ無料で一泊旅行が出来たことになりました。                                                             その後この様なうまい話は聞かなかったので一回限りで無料招待旅行は中止になったのでしょう。

 

2006年10月 8日 (日)

◇ゼンティン ハイランドへの旅(1)

 ゼンティン ハイランドといっても場所をご存じない方もたくさんいると思います。                                             このゼンティン ハイランドは韓国のウオーカーヒル、マカオに次ぐ東南アジア唯一の政府公認のカジノで有名な所です。(以前にはインドネシアのジャカルタにもカジノはありましたが現在は営業していません)                                                                                              このゼンティン ハイランドはマレーシア K L の郊外にある山の頂上にあり、常夏のマレーシアにも関わらず気温は半袖では寒いぐらいの快適な場所です。                                                                             このゼンティン ハイランドにシンガポール人の友人とギャンブルの挑戦に出かけました。                                             ゼンティン ハイランドのある山へは K L 国際空港からヘリコプターで簡単に行けますが、我々はタクシーをチャーターして山に登りました。                                                                                        この山頂は気温が低いせいか常に霧がかかっている、この山の頂上には大型のホテルが3棟とゴルフ場、遊園地があり家族連れで遊びに行っても楽しめる場所です。                                                              中でも一番大きいホテルの2階全フロアーがカジノになっている。                                                                  私にとってはカジノ初体験ということで、いささか緊張してカジノに向かいました。                                                               カジノの入り口ではパスポートのチェックがあり、18歳未満は入場禁止になっている、また、マレーシア人はM$1,000のデポジットが必要である。                                                                           カジノに入場し暫く雰囲気に慣れるまで広いホールをぶらぶら見物して歩きどのギャンブルが儲かるか観て歩きました。                                                                                                                                    カジノの雰囲気に慣れた頃チップを買いまず一番無難な【スロットルマシン】(スロットルマシンは本物のコインで遊べます)から遊んでみましたが、日本のパチンコと同じでなかなか儲からない、次にプレーしたのが【ルーレット】、ここであっという間に5万円近くの負け、こんなに負けたら大変と、次にトライしたのが一番ギャンブルらしい【ブラックジャック】、この【ブラックジャック】はご存じのことと思いますがデーラーの前に5人の客が半円形に座りデーラーから配られたトランプの合計数字を21に近づけてデーラーと勝負をするゲームです。                                                                                                               この【ブラックジャック】の一回当たりの掛け金の最高額は一人M$500(日本円約5万円)と決められていました。                                                                                       私もこの中に入り2万円から3万円のチップを賭け勝ったり負けたりしていました、勝負がエキサイトしてくると私の右隣に座っていた中国人が私に文句を付け                                                                               「お前がカードを取りすぎるので自分の所に良いカードがこない」                                                                       と中国人流の難癖を付けてきたりしたが、その日の私の【ブラックジャック】での儲けは合計約10万円、初めてのカジノ経験にしたら上出来の儲けでした。

2006年10月 5日 (木)

◇ティオマン島への旅

 マレーシアの東海岸にティオマン島(Pulau Tioman)という美しい小さな島があります。                                             ご年輩の方は記憶があると思いますが、名曲「Bali Hai」で有名な映画【南太平洋】のロケ地として有名になった小島です。 (映画の中ではバリ島ということになっている)                                                                 島の大きさは南北 39Km 東西 17Km の火山島で、島の真ん中には標高 1,037m のカジャン山(Gunung Kajang)がそびえています。                                                                                                 この美しい島に当社の建築主任家族と私の家族でシンガポールから車で遊びに行きました。                                                                                                                      メルシン(Mersing)に到着後船で島に渡るのですが、ティオマン島に近づくと映画そっくりに、カジャン山の頂上付近には丸い輪になった雲がたなびいて幻想的な景色が見えてきました。                                                                                                                              島に着くとパスポートの検査と持ち物検査がありその後入島出来ることになります。(原則として島へは食物類の持ち込みは禁止されています)                                                                                     島に渡る観光客は殆どが欧米系の家族ばかりで、彼らはバカンスに行くときには日本人のように煎餅、お菓子類はあまり持ち歩かない、日本人の我々はいつものとおりしこたまお菓子類を持っていったが何とかごまかして無事島に上陸することが出来ました。                                                     島の海岸に出ると砂浜はパウダーサンドと呼ばれているだけあり真っ白な小麦粉の上を歩いているような感触でした。                                                                                         また、砂浜にはゴミは全く見あたらず、うるさい客引きも居ないし、すごく穏やかな島でした。                                                                                                           たまには都会の喧騒をさけてこの様な静かな島でバカンスを楽しむのも最高のリフレッシュとなるでしょう。

2006年10月 2日 (月)

◇ポルブドール遺跡とバリ島への旅(3)

 サヌールビーチ散策後ホテルに帰り朝食をゆっくりと摂り再び海岸に出て寝そべっていると、バリ人の青年が私達のところにやってきてバリ島の観光案内をするので雇って欲しいと言ってきた。                                                                                                     話を聞くと車もカヌーも持っているとのこと、また、金額は幾らかと聞くと実直そうに幾らでも良いと答えたのでその場で契約成立となり、本日からシンガポールへ帰国するまで行動を共にすることとなりました。                                                                                             名前は親しみやすいガルーパさんというらしい。(ガルーパという名称はシンガポールで美味しく食べているハタ科の魚の名前で私にとっては覚えやすい名前でした)                                                             最初に連れて行ってくれたのが自分のカヌーによる島巡りで、途中ガルーパさんは海に潜り日本人が好きなウニを捕ってきてくれる、これをカヌーの上で割り塩水を付けて食べたが形は小型でしたが新鮮で美味しいウニでした。                                                                            この日は飲み物を用意していなかったが次回は冷えたビールを持っていくべきでしょう。                                   最初の目的地の【亀の島】に近づいたら浜辺に島の住人全員と思える人が歓迎のため?に集まっている、上陸と同時に私と家内、娘が群衆に取り囲まれ各々の土産物屋に拉致され三人バラバラにされ軟禁状態にされました。                                                                               何かお土産を買わないと肝心の亀も観ることが出来ません、この島に立ち寄る観光客が少ないためでしょう。                                                                                        夜はガルーパさんの案内でバリ料理店に行き楽しい一夜を過ごしました。 (バリ島はインドネシアでありながらイスラム教ではなくバリヒンズー教という独特の宗教のため豚の丸焼きも食べることが出来ます)                                                                       次の日は早朝からデンバサールの朝市見学、午後はガルーパさんの運転による車 (キューバで見かけるような4,50年前の大型のアメリカ車) でタナロット見学、猿の寺院見学と続きました。                                                                                                        猿の寺院では下車する前に眼鏡、ポケットの財布などを全て車の中に置いておくように注意を受け外に出るとすさましい数の猿が私達の体に飛びついてきて餌のピーナツをねだってポケットの中まで手を入れてくる、この猿は神様のお使いなので邪険には出来ないらしい。                                                                                                                        この様な家族的な観光案内でシンガポール帰国まで楽しみました。                                                                  この楽しいバリ島旅行が気に入り2年後再び家内とバリ島を訪れガルーパさんの家に行ってみたが母親しか居らず、肝心のガルーパさんは出稼ぎに出かけて留守で合うことが出来ませんでした。                                                                                                                 バリ島はもう一度行きたい国の一つです。

2006年10月 1日 (日)

◇ポルブドール遺跡とバリ島への旅(2)

 ジョグジャカルタで数日過ごした後バリ島に向けガルーダ航空で出発、2時間足らずでバリ島デンバサール飛行場に到着しました。                                                                               デンバサールからバスでその日の宿泊先であるサヌール海岸のバリビーチ ホテルに向けて出発、バスから見る途中の景色は日本では見られなくなった塩田が続いている、また、山側には段々畑 (棚田) の水田が続いています。                                                                          この、塩田、段々畑とも私が高校生時代まで生活していた瀬戸内海地方の風物詩になっておりシンガポールから訪れた私には特に懐かしさを憶える風景でした。                                                          我々が泊まったバリビーチ ホテルの部屋は海岸に近いバンガロー風のコテージで冷房完備の快適な部屋でした。                                                                                                   翌日はバロン ダンス見物、バリ島で一番高いキンタマニー山へのドライブ、芸術村のブドー見学と一般の観光ルート通りの行程をこなし夜はケチャック ダンスを見物して一日が過ぎました。                                                                                                          バリ島一週間滞在の内最初の日のみが旅行会社お仕着せの団体行動でそれ以外は全て自由行動という楽しいツアーでした。                                                                                      次の日から我々家族だけで計画を練り、初日は朝早起きをしてご来光を観るためにサヌール海岸に出かけました。                                                                                                           サヌール海岸は約1キロ先まで遠浅の海岸になっており、その先の水平線から太陽が昇り始める光景を見ることが出来ました。                                                                                           空気が澄んでいるためか太陽も素晴らしく綺麗に見え正に絵はがきの世界でした。                                                         ご来光を迎えた後、遠浅の海を沖に向かって歩いてみたが深さ30センチほどのところに熱帯魚や紫ウニがいたるところにいる、このウニは水の上から見ると色は純黒で二つの目?の様なものがコバルトブルーに光っている、何とも形容しがたい神秘な美しい風景でした。

2006年9月29日 (金)

◇ポルブドール遺跡とバリ島への旅(1)

 前回のヨーロッパ人混成のツアーで行った旅行が楽しかったので今回のジョグジャカルタ、バリ島の旅行計画も同じようなツアーに入って行くことにしました。                                                           今回のツアーも前回と同じくらいの少人数でしたが、今回は外務省勤務の日本人夫妻が一組参加していました。                                                                                      ジョグジャカルタのボルボドール遺跡はジャングルの地中から泥にまみれて見つかったということですが驚くほどの大規模な遺跡群です。                                                                                                 何層にも連なる回廊の壁面には釈迦の誕生から入没までの一連の物語が石の壁に彫られています。                                                                                                       また、最上層階には石造りの鳥籠のような中に石仏が安置されている、この鳥籠の隙間から手を伸ばし石仏に触ることが出来たらその人に幸運が訪れるという言い伝えがあります。                                                                                                          私も家内もかろうじて触ることが出来たのでいつか幸運が訪れることを期待しております。                                                                                                          このポルブドールの遺跡に行く道すじにはご多分に漏れずお土産屋がたくさんありインドネシア人の売り子がカモを探している、私にまつわりついた売り子は小学校2,3年生くらいの可愛らしい女の子で、手には15センチほどの小さい銅製の仏像を持って器用な英語で私に買ってくれと言ってくる。                                                                                                       この女の子の説明によると、この仏像はポルブドール遺跡の近くから出土したもので価値があると盛んに説明している。                                                                                      私も根負けして偽物であることを承知の上で言い値の十分の一の値段で買いました。                                                         買った後よく見るとなかなか気品のある良くできた仏像で、私のお気に入りとなり今でも私宅のリビングルームに飾られ良き思い出となっています。

2006年9月27日 (水)

◇マラッカ海峡、K L への旅(2)

 最終目的地の K L に到着前に我が家の愛車のエアコンが故障、暑い国でのクーラー無しのドライブになってしまいました。                                                                                  K L ではオールドモスク、マレーシア鉄道駅などを見学し、次の日には最後の見物地にしていたイポーに向けて出発。                                                                                                   イポーには五本足を持った神聖な牛がいるバツーケーブという山の中にヒンズー寺院があります。                                                                                                     バツーケーブに行くにはセランゴール ピューターで名高いセランゴール州を通りますが、周りは錫の露天掘り鉱山がいたるところにあり、近くを流れる川は鉱山から流れだした汚泥で白濁した水が流れています。                                                                                   話は変わりますが、この錫を掘り出した後の大きな水溜まりに突然発生する魚がいます、この不思議な魚はシンガポールの高級中華料理店で食べたことがありますが、魚の名前は【悪魔の魚(Satan Fish)】と呼ばれ白身のあっさりとした味の魚でした。                                                                              さて、ヒンズー寺院のバツーケーブにいる五本足の牛ですが確かに牛の背中から五本目の足が生えている、足には蹄もついており、恐らく奇形児で生まれた牛と思えますが、ヒンズー教では牛は神聖な動物のため神様に祭り上げられたものと思います。                                                               このバツーケーブ (バツーとはマレー語で石の意味) は麓からケーブルカーで登るのですが、頂上は周りを数十メートルの高さの岩で囲まれた噴火口の様になっています、この噴火口の中にヒンズー寺院があります。                                                                                       楽しかったドライブ旅行も終わり、帰路は予定通り東海岸を走り無事シンガポールに到着しました。                                                                              シンガポールに帰着後、友人のシンガポール人にこのドライブ旅行の話をすると、友人は驚いて私に言ったことは、数年前までは K L にいく街道には夜間に車専門の強盗団が出没していたらしい、道路を丸太などの障害物で塞ぎ数人で襲いかかっていたとのこと、また、特にシンガポール ナンバーの車ばかり狙われていたとのことでした。                                                             知らぬが佛とは私のことかも知れません、事故が無くて何よりでした。

2006年9月25日 (月)

◇マラッカ海峡、K L への旅(1)

 シンガポールでの生活も慣れてきた頃、我が家の家族でマレーシアの K L (クアラルンプル)までの長距離ドライブ旅行を計画しました。                                                                                            旅行にあたり細かい行程は行き当たりばったりで、往路はマラッカ海峡側の西海岸を走り、帰路はティヨマン島 (映画 「南太平洋」 のロケ地で有名な島) のある東海岸で帰る計画を立てました。                                                                                                   出発に先立ち沿線道路地図を買うべく本屋を探したが何処の本屋に行ってもマレーシアの地図は世界地図程度のものしか売っていない、本屋で詳細地図があるか聞いてみたところ詳細地図はマレーシア政府に申請して認可が取れないと買うことが出来ないとのこと、この様な厳重な管理は軍事的な理由らしい。                                                                                この様な制度は戦前の日本と同じで、平和に馴れきった我々には奇異に感じられます。                                   この様な理由でマレーシア全土が出ている世界地図?1枚で K L に向けてシンガポールを出発しました。 (現在はシンガポールから K L まで有料道路が走っています)                                                                                                                マレーシアの国を走ってみるとマレー語の読めない私でもローマ字読みで十分地名は判るし、途中の小さなマレーカンポン (マレーの村) には英語の話せる人もたくさんいたので道順を聞いたところ、皆さん日本人が珍しいのか親切に教えてくれる。                                                                              後はマラッカに向けてひた走りのドライブとなり、道の両側には延々と続くゴム畑かパームオイル畑ばかりの景色が続き、やっと最初の目的地であるマラッカに無事到着しました。                                到着後マラッカ市内を見物して回りましたが、昔、ポルトガルの植民地であった場所だけに西洋と東洋をミックスした情緒ある街並みに心を癒されました。                                                                                    観光の目玉である街の教会、郵便局は建物全体が朱色で塗られており、普通では周りの景色にマッチしないような色ですが不思議と周りの景色に溶け込んでいる。                                                                       海岸通りに出て海賊の出没で有名なマラッカ海峡を通過する大型船舶を見物してしばらくの間砂浜で休憩しました。                                                                                                              この砂浜には日本で飾り物に使っている5センチ丸の平らな貝殻が無数に拾える、これを日本に持ち帰ると立派なお土産になるといいながら夢中で拾いました。                                                      マラッカを出発して K L に向かって走っていると田舎のマレーカンポンにさしかかった、この村落の家は純粋なマレー風の高床式住宅で気候にあった涼しそうな家並みが続いています、また、この村落の真ん中を走っている道路の両側には高さ1.5メートルもある陶器の大瓶が各家に一個の割合で置いてある、何のための瓶かと車を徐行させながら走っていると給水車が各家庭の瓶に水を配っている、水道も完備していないらしい、道路の両側に同じような瓶が延々と続いていている光景は壮観でした。

2006年9月23日 (土)

◇バンコック、パタヤビーチへの旅(2)

 バンコック、パタヤビーチの旅行翌日はバンコック市内いたるところの露天で売っているブランド品 (ルイ・ビトン) の偽物製作工場の見学に出かけました。                                                             まともなルートでは決して見ることの出来ない秘密工場ということで興味しんしんで出かけました、この工場は下町の路地裏に在り、工場の名前も掲げてない小さな町工場で従業員も10数名が薄暗い場所で働いている。                                                                                     そのうち経営者らしい男が本物と偽物のルイ・ビトンの財布を持ってきてどちらが本物であるか当てて見ろといっていたが、まず我々には判断が付かないほど上手く出来ている。                                         この経営者の説明によるとこれらの偽物の財布は本物のルイ・ビトンの大型バックから裁断して作っているので金物以外は本物である?との説明でした。                                                                 恐らく日本人の何人かはこれらの偽物を安く買い後生大事にタンスにしまっている人も居るのではないかと思います。                                                                                                             旅行3日目は歓楽地で有名なパタヤビーチに移動、このパタヤビーチは海岸沿いにある道路の両サイドにオープンカフェー、土産物屋が連なった街で、オープンカフェ内ではキックボクシングなどのショーを楽しむことが出来ます。                                                                                 翌朝はクルージング船をチャーターして楽しみましたが、ここで一番面白かったのが日本では経験できないライフルとピストルの射撃が出来たことです。                                                                    この初体験の射撃に夢中になっているのは日本人の私だけで他のヨーロッパ人、アメリカ人はニコニコしながら私の射撃を見ているだけで誰も参加しません、たぶんお金まで払ってこの様な場所で射撃する興味も無いらしく、つくづく国民性の相違を感じたところです。                                                              さて、この楽しかったクルージングも終わり砂浜でノンビリしていると、一人のタイ人が近づいてきて何か買えと小さな声でささやいている、何かと手の中をよく見ると葉巻の様な形をした大麻である。                                                                                                        シンガポールではご存じの通り、麻薬、大麻の持ち込みはどの様な理由であろうと死刑である、さすがの私もこれだけは手を出さなかった。                                                                                      シンガポールは日本と同じく治安が良いが、タイは非常に治安が悪く街にあるタイ名物のルビーを売っている宝石店などは出入り口は電気錠で施錠されており、お客の人相を見て鍵を開けてくれる仕組みになっています、店主は私の顔を見て鍵を開けてくれましたので私もまともな人相であると安心しました。                                                                                日本の商店でこの様な事をしたらお客は寄りつかないことでしょう。                                                                        友人の話によると、この様な国ですからタイ人は自宅にピストルを所持しているらしい。                                              今回の旅行で一番の思い出は同行者の34歳ぐらいのアメリカ人の女性が私達を気に入ったのか旅行中の自由行動時には何時も行動を共にし、楽しく過ごせたことでした。

2006年9月21日 (木)

◇バンコック、パタヤビーチへの旅(1)

 タイ バンコック、パタヤビーチの旅に家内と中一の長女を連れて行きました。                                                                                   今回の旅行は家族の英語の勉強になるためシンガポールの旅行社に申し込みヨーロッパ人などの混成ツアーに入れてもらいました。                                                                      ツアーの構成人員はイギリス人夫妻が2組、アメリカ人の女性1人、同じく男性が1人、ドイツ人夫妻が1組、中国系シンガポール人夫妻が1組とそれに我が家3人の合計13人のこじんまりとしたツアーでした。                                                                                                     旅行日の朝、全員がチャンギ国際空港に集合し、一路タイに向かって出発しました。                                                                         現地バンコックではマイクロバスで市内観光をし中でも面白かったところを紹介してみますと、現在クーデターでもめているタイ王宮のあるエメラルド寺院、この寺院は黄金で輝いた立派な寺院でさすがに王宮にふさわしい建物でした。                                                                                             タイ人のツアーコンダクターの説明によりますと世界的に有名なミュージカル【王様と私】はタイ国内では上映禁止になっているとのこと、その理由は【王様と私】に出てくる主人公の王子様は (俳優はユル・ブリンナーでした) 現在のタイ国のプミポン国王で現存しているからとの説明でした。                                                                                                                     次の日の早朝に訪れたのがメナム・チャオプラヤ (タイ語でメナムとは川の意味でメナム川との言い方は間違っているそうです) を上っていったところにあるフローティング マーケット(水上市場)、その帰りに訪れたのがワット・ポー(三島由紀夫の小説で有名な暁の寺院)でこれも立派な寺院でした。                                                                               このツアーは、日本のツアーと異なり行程もしごくノンビリしたもので、マイクロバスの中で皆さんに次の行き先の希望を聞いて移動するようなツアーでした。                                                                                                その日の夕食は屋外のバーベキュー パーティーでバラエティーに富んだ各国からの参加者が一同に集まり、各自の自己紹介をした上お国自慢を一人一人が話し夜が更けるまで楽しく過ごせました。 

2006年9月19日 (火)

◇費用150円の海外旅行

 シンガポールでの生活の話もぼつぼつ出尽くしてきましたので、このあたりでシンガポール出発でシンガポール帰着の旅行の話を書いてみたいと思います。

 シンガポール滞在中に気楽に行ける海外旅行を出来るだけ数多く経験しようと思い、最初に計画実行したのが150円の費用で行ける海外旅行でした。                                                                      行き先は隣の国のマレーシア Johor Bahru (ジョホールバルー州)でした。                                                                                                      この旅行はシンガポール赴任直後の単身赴任時代で、シンガポールの市中から料金150円のバスで約30分足らずで (現在はMRTのWoodlands駅下車で簡単に行けます) シンガポール国境の Woodlands (ウッドランド)に到着します、ここでバスを降り最初にシンガポール側の税関で出国審査を受け、その後緩衝地帯の橋を徒歩で約500mほど進むと国境境界ラインに到着します。                                                                                         この国境ラインを超えるとマレーシアに入国となります。                                                                    国境ラインは誰が見ても判るほどはっきりと区別できます。                                                        すなわち、道路舗装のグレード、舗装の色が違い、センターラインの白線の幅も異なり、金物類の塗装の状態も変わってきます、また、道路標識の看板も英語からマレー語に変わります。                                                                                                                               我々日本人はこの様な国境を歩いて渡る経験はあまりないので夢中で写真を撮りました。 (通常は国境での写真撮影は禁止されていますのでご注意下さい)                                                               この国境ラインを超えて約500m進むとマレーシア側の税関があり入国審査を受け無事マレーシア入国となります。                                                                                                          マレーシアのジョホールバルーはシンガポールに比べ風景がガラリと変わり、一番目に付いたのが緑の樹木が少なく何となく殺伐とした風景に変わります。                                                                         国が変わるとこの様に街の雰囲気も変わるものかと驚いた次第です。                                                          その後はゴルフなどで度々訪れるようになりこの風景にも馴れてきました。 

2006年9月17日 (日)

☆密輸常習者

 密輸常習者とは過激な題目ですが、これは私自身の懺悔録です。                                                                        前にも述べましたが、我々シンガポール駐在員はグリーンカードと呼ばれる入国カードを所持しています。                                                                                                               このグリーンカードを持っていると一時帰国の時成田での入国審査は非居住者のブースで入国審査を受けることが出来ます。                                                                                        また、手荷物検査もグリーンカード所持の日本人は殆どフリーパスで通してくれることが判り、それ以来悪いことを知りながらシンガポールで買った高級ブランデー、とびきり上等のOGビーフを冷凍したもの、南国の珍しいトロピカルフルーツなどを鞄の隅に忍ばせ密輸入していました。                                                                                                ある時など善良なる税関吏が私のパスポートを見て長い海外勤務ご苦労様ですとねぎらいの言葉までかけてくれ誠に申し訳なく痛み入っていました。                                                                            さて、この様な悪いことばかりではなく皆様に合法的な酒類の持ち込み方法を伝授しますと、高級ブランデー、ウイスキーなどを出発国の免税店で日本に持ち込める3本以上を購入し、飛行機の中で持ち込みオーバー分の酒類の栓を開封することです、一度開封すれば税金の対象にはなりません。                                                                                               私はこの方法をシンガポールの行き来で利用していました。                                                                   さて、このグリーンカードの特権?も成田国際空港でたまに行われる麻薬撲滅キャンペーン期間中に遭遇すると、東南アジアからの旅客は特に厳しく審査されていました。                                                                     このありがたいグリーンカードも海外勤務が終わり日本に帰る時には一般の観光客と同じホワイトカードになっています。                                                                                                 私の友人の奥様は日本に帰るとき高級な毛皮のコートを買い込み日本に持ち込もうとしたところ入国税関で見つかり、税関吏にこの毛皮のコートはむこうで着ていた物ですと釈明したがベテランの税関吏はパスポートを調べ何処も寒い国に駐在した記録が無いことでがっちり輸入税を取られたとのことです。                                                                                                     最後に動植物検疫検査無しで輸入できるものは魚、蟹、海老類です、この理由は海は世界中つながっている、これらの魚、蟹、海老類は海の中では海外から日本近海まで泳いでくることも出来るという理由らしい。                                                                                                            また、果物類で動植物検疫検査なしで持ち込めるのはかの有名なドリアンだけです、このドリアンが検疫検査なしで持ち込める理由は判りませんが匂いが強すぎて虫も寄りつかないためでしょうか?                                                                                              ドリアン以外の果物類は動植物検疫検査を受けても輸入禁止で税関内で没収されます。                                           シンガポール名物のランの花は泥根がついていない限り検疫検査を受け持ち込むことが出来ます。                                                                                               ランの花はシンガポールのお土産で喜ばれる物の一つでした。

2006年9月15日 (金)

☆南洋ボケ

 日本に帰国して私を一番悩ませる問題は何か仕事で失敗した場合に殆どの人が言う言葉があります「彼は南洋ボケである」と。                                                                                             ここで、東南アジアなどの海外勤務され【南洋ボケ】と言われたことのある人の誤解を解くために私の考えを述べてみたい。                                                                                              人間は年を取ると物事に対して忘れっぽくなるのは万人の認めることです。                                                                    そこで、何故、東南アジアで生活した人だけに【南洋ボケ】と差別して呼ばれるか考えてみました。                                                                                                                       私がシンガポールに赴任して5年近く過ぎた時、東京本社から国際電話が入り                                                                            「去年出張でシンガポールへ行かれた○○さんは何月に行かれたのか?」                                             という問い合わせがありました。                                                                                         この様な時、まず1年前のことも記憶にない、印象深かった人でも何月だったかなかなか思い出せない。                                                                                                                        これは一年中同じ気候で、食物も旬、シーズンが殆ど無いという東南アジアの生活によるものと思います。                                                                                                            日本では、記憶の中にあの人が来たのは暑い盛りだったとか、寒い雪の日だったとか、松茸の美味しい季節だったとか何か一所に記憶できる要素が必ずありますが、シンガポールではこの様な記憶の仕方は全く出来ません。                                                                               大事なことは一応ノートにメモしていますがとっさの時には返事が出来ない。                                                                       これを称して皆様は【南洋ボケ】といわれる。                                                                           このあたりの事情をご理解の上単なる【南洋ボケ】でないことをご理解下さい。

2006年9月13日 (水)

☆アポイントメント

 シンガポールでは施主の事務所、設計事務所等に行くときには単なる挨拶の時だけでも (シンガポールでは単なる挨拶だけの訪問はあまりありません) 前もって必ず【アポイントメント】を取り相手の都合を聞いて訪問するのが常識です。                                                                                 シンガポール赴任当初はこのことがよくわからず日本式に【アポイントメント】なしに親しくしてもらっている事務所に行くと必ず受付の女性が【アポイントメント】はあるかと聞き、いくら顔見知りでも【アポイントメント】が無いとなかなか取り次いでくれません。                                                                           最初はこの格式張った訪問が面倒で馴染めませんでしたが、いざ自分の立場になったとき合理的な制度であることが良く分かります。                                                                                                   忙しいときに【アポイントメント】なしで訪問され、単なる世間話につき合わされるのは迷惑です。                                                                                                               日本も会社の社長、役員を訪問するときには必ず【アポイントメント】を取る習慣はありますが、会社で働いている人全員にも【アポイントメント】取り訪問することを徹底させるべきでしょう。

2006年9月11日 (月)

☆ジョブ ホッピング

 英国統治時代の名残か、シンガポール人は気軽に転職します。                                                                殆どの人が2~3年で職を変え一つの会社に5年以上居る人はまれです。                                                                              我々終身雇用に馴れている中年以上の日本人にはこの制度が良いかどうかは判りませんが【ジョブ ホッピング】する人間はより高い給料を目指してこまめに職場を移動しています、最近の日本でも【ジョブ ホッピング】は一般的になってきましたが未だに諸外国のようには定着していません。                                                                                                             私の懇意にしているメーカー勤務のシンガポール人の友人は2,3年の内に3社もの会社を変わり、これが全て同業種のメーカーときているので彼に用事があり電話をしようと思い名刺を見ても今どこの会社に居るのか判断できず困ることがあります。                                                             やっと連絡が取れ今どこの会社に居るのかと聞いてみると又最初の会社に戻っていたというややこしい話がありました。                                                                                       考えるに、シンガポール人は会社と会社の付き合いにはあまり重点を置かず自分の実力、または、人間と人間の関係に重点を置いている様に見受けられます。                                                                   シンガポールに赴任して仕事をするにあたり各方面に電話をしても私本人が相手に信用されるまでは心を開いて付き合ってもらえません。                                                                                     日本の国内の様に、私は某一流企業の社員であるという顔でシンガポール人に接しても誰も相手にしてくれません、あくまで実力主義の世界です。

2006年9月 9日 (土)

☆過冷房

 シンガポールに初めて訪れる人に前もって必ず助言していることが一つあります。                                                       それは「シンガポールは寒いからお出でになるときには必ずセーターか長袖のシャツを持参してきてください」と言っています。                                                                                                          赤道直下のシンガポールへ行くのにこの様な助言をすると皆様不思議そうな顔をしてしげしげと私の顔をのぞき込みます。                                                                                                    その答えはシンガポールのレストラン、デパート、事務所、ホテルの部屋、自動車の中が全て過冷房になっていることです。 (自動車は過冷房のためフロントウインドウの外部側が結露していて時々雨も降っていないのにワイパーを作動させています)                                                                  ちなみに、事務所の平均冷房温度は23℃になっていてセーターを着ていても寒い、また、ホテルの部屋は毛布を掛けて寝ていても真夜中に寒さで目を覚ますことが度々あります。                                                                                                                    シンガポール人が何故この様に強い冷房が好きかと考えてみるに、寒い季節を知らないシンガポール人の【冬願望】のあらわれでないかと思います。                                                                                  この【冬願望】は台湾でも同じで、私が1月末のチャイニーズニューイヤーに訪れたとき、私は半袖で丁度快適な気温に感じていましたが、驚くことにお正月のせいでもあったためか、台湾人の女性は皆さん揃って手袋をはめ毛皮のコートを着て街を歩いている。                                                                我々ゼネコンの設計において省エネのためギリギリの温度条件で設計すると間違いなく欠陥建物と言われることでしょう。                                                                                               当時シンガポール政府は省エネのため冷房温度を24℃以下にに下げないことと通達を出していました、ちなみに、日本政府は28℃以下にしないよう通達しています。

2006年9月 7日 (木)

☆英語の勉強

 話がブログのプロローグに戻りますが、シンガポールに転勤するにあたり東京・四谷にある英会話学院に6ヶ月の国内留学で英語の基礎教育を受けてきました。                                                    私は英語などの文学系統が向いていなくて、工学系でしたら苦手の英語も勉強する必要が無いと思い工学系を専攻し、就職も技術系を選び現在に至っていますがどういう訳か一番苦手の英語の勉強をする羽目になりました。                                                                              この学院は Aクラスから Fクラスまであり1クラス8名から10名でクラス分けされていました。                                                                                                                            入学する前に簡単な入学試験がありそれに伴いクラス分けをされ、私はAクラスに配属されました。  (Aクラスが最低組で Fクラスが最優秀組)                                                                    その Aクラスでも一番の年長が私で他は殆ど学校を卒業して直ぐ派遣されてきたような若手が殆どで、出身会社も様々で私のようなゼネコンもいるし後は税関の役人、銀行員、商社員と多種様々な人の集まりでした。                                                                                            授業は朝9時より午後4時まででしたが若い人についていくために帰宅後毎晩深夜の1時頃まで予習、復習の連続が2ヶ月近く続きましたが、その後は半分予習、復習も諦め仲間と外人の先生を誘いお酒を飲みながら勉強?を続ける毎日でした。                                                                               この学院で一番つらかったのは卒業間近に箱根のホテルで開催される2泊3日のキャンプで AクラスからFクラスを均等に混ぜ10人前後のグループ討論会に出席することで、議題は模擬国際会議で各人が架空の国の大使を演じ討論する勉強会です。                                                                     我々の Aクラスと Fクラスは幼稚園児と大学院生ほどの差があり私の一生にとって一番の難行の人生でした。                                                                                      さて、シンガポール転勤後は又英語の苦労の連続で、あらためて現地の英会話教室に入学し勉強をしました。                                                                                              この教室の生徒は日本人は私一人で後は陽気なドイツ人のおばちゃん2人組、フランス人、中国人、韓国人、インド人の国際色豊かな教室で勉強していましたが、これも1ヶ月後にはイギリス人の30代の先生と個人契約をして教室外で勉強を始めることになり、契約条件は授業料としてホッカーズセンターで夕食を一食分ご馳走するという私に取っては安い条件で契約成立で、勉強といってもただビールを飲みながら世間話をするだけで、ずいぶん英会話の自信がついてきました。                                                                                         そのうち先生の友人もこのホッカーズセンターに集まるようになりイギリス人の友人も増え毎晩陽気に楽しく過ごすことが出ました。                                                                                               付き合う時間も増えるに従いお互いのフラットを訪問し合う仲となり、彼のフラットを訪問すると3LDKのフラットにお互いに関係ない人達がシェアーしながら生活をしているのに驚きました、一人の英国人のおばちゃんは自称占い師で、もう一人の若いヨーロッパ系の女性は学校の教師といった具合で、一人で住むよりも経済的な生活が出来ます。                                                            最近日本でもこの様なアパートのシェアーは聞きますが、私の知る限り殆どが同性同士のシェアーと思います、このあたりは日本人と考えが違うのが良く分かります。

 

2006年9月 5日 (火)

☆秘 書

 シンガポールに赴任して一番驚いたことは私みたいな若僧に Meary さんという優秀な秘書が付いたことです。                                                                                                   赴任当初は何をするにもさっぱり判らず、電話も満足に取れない状態でした。                                                           この私を助けてくれたのが秘書の Meary さんでした。                                                                      もちろん彼女は日本語は全く分からず私との会話は拙い英語のみでした。                                                                     赴任して半年あまりは設計事務所などに打ち合わせに行くときには必ず彼女を連れて行き、私の話したこと、相手の話したことを全て速記させ、難しい返事は全て後ほど回答すると言い、打ち合わせ後事務所に帰り先ほどの速記をタイプに打たせ、それを読んでよく理解した上で返事のレターを彼女にタイプさせていました。                                                                   また、最初の半年間は単身赴任だったため、シンガポールでは恒例のパーティー (支店長交代パーティーなど) は殆どが夫婦同伴のため Meary さんが家内の代理を務めてくれパーティーに出席していました。                                                                                             また、馴れて来るに従い業者の見積金額の値引き交渉まで彼女がやってくれるようになり、私が忙しいときにはこの様なカタログをそろえてくれと依頼しておくとメーカーに手配し必要なカタログを揃えてくれていました。                                                                              この様な優秀な秘書も仕事が暇になったら私にたいして、もっと仕事量を増やしてくれとクレームを付けてくる、日本の会社の OL の様にさぼることを知らないらしい。                                                                             この様にシンガポールの女性は自分の仕事に忠実であり、優秀でした。                                                            日本の会社にもこの様な優秀な人材がたくさんいると仕事の効率が上がり、しいては人件費の節約になると思うのですが・・・・・・

2006年9月 3日 (日)

☆Singlish と Can Can 英語(2)

 シンガポールで我が社のローカルスタッフに仕事を頼むとき                                                                                           「Can you help me ?」と頼むと直ちに                                                                                    「Can Can」と威勢の良い返事が返ってきます。                                                                                                            これは英語の文法に無い言葉ですが我々英語の下手な日本人には心地よく聞こえる、これがシンガポール名物の悪名高い?【 Singlish 】又は【 Can Can 英語】と呼ばれているものです。                                                                                                                      我々日本人スタッフはこの【 Singlish 】に馴れ、半分日本語交ざりで英単語だけの英語?を話しても我が社の優秀なるローカルスタッフは十分理解してくれます。                                                                   ただし、これも度が過ぎるととんだ誤解が起きるので注意が必要です。                                                              ある英語に馴れていない工事事務所所長が協力会社の番頭さんに電話で、この仕事は直ぐ出来るか?と聞くために日本語混じりの英語で                                                                                  「 Can soon か?」と聞いたところ                                                                                                   この番頭さんはこの英語を Cancel と勘違いし全ての手配を中止したという笑えない話がありました。

2006年9月 1日 (金)

☆Singlish と Can Can 英語(1)

 私は日本で【 English 】の勉強をしてシンガポールに赴任しましたが、在星中は見事な 【 Singlish (訛りの強いシンガポール英語のこと)】 を話していました。                                                                                                      私がシンガポールへ赴任して4年たった頃、東京本社から一流国立大学卒業でアメリカの大学に留学経験のある優秀な M 建築所長代理が転勤でシンガポールに赴任してきました。                                                                                                              私は彼と組んで入札業務をやることになっていました。                                                                                              ある日、設計事務所から打ち合わせがあるので事務所まで来て欲しいとの連絡があり、私も英語のベテランと打ち合わせに行くと言うことで(いつもは英語で苦労している毎日でした)気楽に新任の M 建築所長代理と出かけ打ち合わせにのぞんだところ、彼は打ち合わせ途中で時々トンチンカンな受け答えをしている、答えの内容はトンチンカンであるが彼の話している英語はアメリカ人並の素晴らしい英語である。                                                                           私も最初の内は不思議に思っていましたが、はたと気が付き、彼は相手の話している英語が分かっていないことに気が付きました、良く聞くと相手の設計事務所の先生は見事な【 Singlish 】を話している。                                                                                                                   ここで奇妙な通訳が始まりました、相手の先生が私に 【 Singlish 】 で話しかけてくる、私はこれを日本語に訳し M 建築所長代理に伝える、彼はこの返事を流ちょうな【 English 】で先生に返事をする、何とも奇妙な通訳を経験しました。                                                                               なお、彼の名誉のために言っておきますが、彼はその日から1ヶ月も経たない内に【 Singlish 】を完全にマスターしました。

2006年8月30日 (水)

☆入社面接と給料

 シンガポールはジョブホッピング社会のため会社を辞めていく人がたくさんいます。                                              このため、我が社では2~3年に一回の割合で新聞広告を出して人材の募集をしています。                                                                                                                     シンガポールも好景気、不景気があり、不景気時期の社員募集時には大量の応募者が集まります。                                                                                           応募者にたいしては我々日本人スタッフで面接をしますが、面接に対して聞くことは今までの経験と前の会社の給料が主な質問です、これらの質問に対してシンガポール人は日本人に比べ自分の売り込み方がすさましい。                                                                                 例えば、自分はこれだけ優秀であるから給料も前の会社の50%増しにして欲しいとか、                               丁度日本のプロ野球選手の給料更改と同じようなやり方で迫ってきます。                                                                                 これらの売り込み文句をまともに聞いていたら大変なことになるので適当にあしらって採決していました。                                                                                       次に我が社のローカルスタッフのベースアップ交渉がありますが、毎年発表される政府の給料基準勧告を参考にし将来性のある社員は基準以上に、成績があまり良くない社員には政府勧告より下回る回答を出していました。                                                                               ローカルスタッフもこのことが良く分かっておりベースダウンになった成績不良の社員は直ぐ退職していきます。                                                                                                また、一応の成績を上げ給料の昇給率の悪い社員は必ず私のところに文句を言いに来る。                                                                                                 私の秘書の Mearyさんもある年に昇給率が悪いと泣きながら訴えられたことがありました。                                                                                                                         彼女の言い分は                                                                                               「私は誰にも負けないほど仕事をしている、自分に対する評価はこの程度しか無いのか」                                                     という訴えでした。                                                                                                                 事実、シンガポールの女性はよく仕事が出来、仕事が暇になってきたらさっさと辞めていく、日本の OL に見せたいほどです。                                                                              また、ローカルスタッフにも年度末には約1ヶ月分のボーナスを支給しますが、シンガポールでは日本のような源泉徴収の制度が無いためボーナスは全て税金の支払いに充てています。

2006年8月28日 (月)

☆十二支

 十二支は中国から日本に伝来されたものです。                                                                                                シンガポールでは毎年チャイニーズ ニューイヤーが近づきますとシンガポールの通貨でであるコインを1セットにし、通常はあまり出回っていないS$1にその年の干支が入ったコインを入れて売り出されていました。                                                                                          この記念コイン帳の中表紙にはその年の干支の由来が英文で書いてあります。                                                                             中国式の十二支は猪年以外は全て日本の十二支と同じです。                                                                              猪年は英文で Year of Pig と書かれており日本流で解釈すれば豚年になります。                                                                  中国系シンガポール人は豚肉の事を猪肉といい、猪のことは野豚と表現しています。                                             全くややこしい表現ですが、日本では猪年生まれの人は猪突猛進と勇敢な人に例えられていますがこれが豚年となると何となくのろまなイメージがわいてしまいます。

2006年8月26日 (土)

☆ゴルフ

 シンガポールはゴルフ好きの人には天国です。                                                                                       日本のゴルフ場とは違い全てのゴルフ場に30分以内で行けます。(それだけ小さい国と言うことでしょうか?)                                                                                                     また、プレーもスルー方式を採用しているため午前中か又は午後のみの半日で1ラウンド出来ます。                                                                                          そのため、我が社の社内コンペはプレー費の安い平日に午前、午後と2グループに分け競技をし会社勤務終了後全員がレストランに集合しパーティーを開くのが恒例となっていました。                                                                                                                また、ゴルフ場のシステムは日本とはいささか違い、キャディーはゴルフ場の入り口付近にたむろしているキャディーを自分で選びキャディーフィーを交渉して連れて歩くのが普通のやり方です、キャディーはA,B,C級等のライセンスを持っておりC級 よりA級の方がキャディーフィーも高くなっています、A級ライセンスのキャディーになりますと芝目も読んでくれ初めてのゴルフ場では重宝します。                                                                                           クラブハウスの更衣室にはロッカーも無く(最近のゴルフ場は日本並みのサービスを提供しています)着替えの衣類等は壁に取り付けられている釘に引っかけておくだけです、また、プレー後に入る風呂もなくシャワーのみのゴルフ場が大半を占めています。                                                          日本のデラックスなゴルフ場に馴れている我々は最初戸惑っていましたが馴れると簡単で良いものです。                                                                                            シンガポールの名門ゴルフ場としては【S.I.C.C.(シンガポール アイランド カントリー クラブ)】、【セントサ ゴルフ クラブ】(海越えのショート ホールが有名です)、【ワーレン ゴルフ クラブ】などたくさんありプレーフィーも安く楽しめます。

2006年8月24日 (木)

☆’L’マーク

 シンガポールの街を車で走っていますと 30cm 角の白色の鉄板に赤字で ’L’ と書かれた看板をぶら下げて走っている自動車を見かけます。                                                                                            これは Lern の ’L’ で仮免許運転中の表示です。                                                                                       シンガポールには日本にあるような自動車教習所はなく、免許を取る人は学科試験を先に受けて合格した後直ぐ路上にて運転教習に入るしきたりになっています。                                                                  この様に直ぐ路上教習をするのはアメリカも同じで自動車教習所にて親切丁寧に教えてくれるのは日本だけかも知れません。                                                                                                                      私の家内もシンガポールで安く運転免許を取得するため学科試験から勉強始めましたが試験が全て英語のためなかなか勉強が進まずギブアップした経験があります。(アメリカは日本語で受けられる州もあります)                                                                                                       また、当時のシンガポールの運転免許証は顔写真なしの名刺大の紙に氏名、国籍が書いてあるだけの簡単なもので、免許証受領後直ぐラミネートで保護しないと直ぐボロボロになってしまいます。                                                                                               最初の日本の警察で発行された国際免許証からシンガポールの免許証に切り替えるときだけ警察に出頭し手続きをしますが、それ以降の免許証の書き換えは郵便局に行き手数料を払い込めば簡単に書き換えてくれます。                                                                                     また、この書き換えも本人が行く必要がないので私は毎回秘書のMearyさんに頼んでいました。                                                                                                                            今でも同じ方式で運転免許証の発行を行っていると思いますが日本では考えられないほど簡単に手続きが出来ます。

2006年8月22日 (火)

☆インド人の生活(2)

 インド人の子供は勤勉でよく働きます。                                                                                                小学校が二部制のため小さな小学生が朝早くから夜遅くまでよく働いています。                                                      朝早く起きてフラットの庭を見ますと薄暗い内から父親と一緒にゴミ収集で頑張っているし、街角では新聞を売ったり、古新聞を細長く丸めその中にカチャンという大豆の煎ったものとか、ピーナツを入れて売っています、一つ10円程度の安い商いです。                                                                日本の子供達に見せたいような風景です。                                                                                         さて、シーク教徒のターバンの話に戻りますが、このターバンは単なるアクセサリーだけのものではなく宗教的な何かがあると思います。                                                                                    シンガポールの軍隊、白バイ勤務の警察官にもこのシーク教徒のインド人がたくさん勤務していますがこれらのシーク教徒は全てヘルメットの着用を免除されているらしく誰もヘルメットを被っていません。                                                                                                         恐らくターバンを取れない宗教的な理由が在るのではないかと思います。                                                                            しからば、日本の皆さんはこの神聖なターバンの中の頭はどの様になっているのか興味在ると思います。                                                                                                          当時一度見る機会がありましたので皆様に教えますと、髪の毛は頭のてっぺんでピンポン球ほどの大きさに丸めてその上を白い布で包み根元を輪ゴムで止めてあります、(丁度、武道の試合で使う槍の穂先のタンポンのように)その上からターバンを丁寧に巻き上げて形を整えています。                                                                                                               話は変わりますが、在任中に本社から部長が来星し設計事務所に挨拶に行ったとき、丁度知り合いの色白の(ヨーロッパ人と間違えるほど)インド人の友人に会ったので部長に                                                                                           「He is Indian (彼はインド人ですよ)」と紹介したところ、後ほど部長が私に                                                          「あのような場所でインディアン呼ばわりは失礼ではないか」と言われたが、日本人のことはジャパニーズと呼ぶのと同じでインド人のことをインディアンと呼んでも問題ないと思うのですが・・・・

2006年8月21日 (月)

☆インド人の生活(1)

 前にも述べましたとおり、シンガポールには6%のインド系シンガポール人が住んでいます。                                                                                                    これらのインド人を見るとインドの伝統を守った保守的な人がたくさんいるのがわかります。                                                                                                                   我が社のシンガポール営業所の在るシェントンウエイのDBSビルにもたくさんのインド系シンガポール人のオフィスガールが勤務しています。                                                                                                   彼女たちを観察すると、全てのインド人が美しいカラフルなサリーをまとって勤務している、また、鼻の左側には小さなダイヤモンドかルビーのピアス?をしているし、額には菩薩様の様な赤い丸印を付けています。                                                                                                                                                また、男性のシーク教徒のインド人はこれもカラフルなターバンを巻いて勤務しています。                                                                日本で言えばさしずめ着物姿で会社勤めをしているのと同じと思います。                                                         これらのインド人のスタイルは東南アジアのどの国に旅行しても見かけられます。                                                                          さすがに男性のインドスタイルでの洋服での勤務はあまり見かけなくなりましたが街を歩いているインド人の男性はトラディショナルな服装を守っています。                                                                 シンガポールの街を歩いていますと銀行の守衛、ホテルのドアーマン、フラットの門番はこのインド人男性のトラディショナルな服装を制服のように着て勤務しています。                                                                               体格の良いインド人はターバン、立派な口髭、トラディショナルな服装はそれなりに威厳が有りこれらの職業には最適と思います。

2006年8月19日 (土)

☆當と押

 謎めいた表題になっていますがシンガポールの下町を歩いていますと【當】と書かれた看板を見かけることがあります。                                                                                                 これは我々学生時代にお世話になりました質屋の看板です。                                                                               さすがに私はシンガポールの質屋を利用したことが有りませんので質種にどの様な物を入れてるか判りませんが質屋の制度は日本と同じらしいです。                                                                     私が学生時代には時計、鞄、布団が定番だったですが今の日本はブランド物、宝石類が主流になっているらしいです。                                                                                                          この質屋という商売は世界中に有るらしく、私のシンガポール人の友人に聞いたところ香港ではこの質屋は【押】と書いた看板をあげて商売しているそうです、恐らく広東語で書かれているのではないかと思いますが私が直接見た看板で無いので本当かどうかは判りません。                                                                                               このあたりの情報は香港在住の tamagominさん か又は香港にお詳しい sakiさん に聞いてみたいと思います。
                                                                                                           tamagominさん、sakiさんのブログは面白く、興味有る話題が満載されています、是非ご訪問してみてください。

2006年8月18日 (金)

☆東急デパート

 シンガポールに【東急デパート】が進出してきたとの話を聞き家族で現地に見学に行って来ました。                                                                                                      場所を調べると繁華街から外れた場所で附近には民家がパラパラある程度のへんぴな場所です、他人事ながらこの様な場所で商売が出来るのかと思いながら現地に行ってみました。                                                                                                           現地に到着してみますとどう考えても八百屋に毛の生えたような超級市場(スーパーマーケット)が有り、店名ロゴマークを見る限り間違いなく日本の【東急デパート】です。                                                           売っている商品も日本製は2~3種類しか陳列してなく不思議な思いをして家に帰ってきました。                                                                                                   後ほど判明したことですが、このお店の経営者が日本に観光旅行で行ったとき【東急デパート】で買い物をしその時もらった紙袋に印刷されている【東急デパート】の店名、ロゴマークが気に入り自分の店にチャッカリと採用したらしい。                                                                                            その後、日本の【東急デパート】が裁判を起こすという話を聞きましたがどの様な結論になったのでしょうか?                                                                                                                  日本国内では考えられないような事件ですが、コピー天国の中国、バンコックでは大した問題ではないのかも知れません。                                                                                                       当時シンガポールからタイに遊びに行ったとき観光バスのコースでルイ・ビトンの偽物工場見学が組み込まれていて、その時工場の人が本物のルイ・ビトンと偽物を並べどちらが本物であるか判るかと言っていましたが私達には全く判別できないほど精巧に作られていました。

2006年8月16日 (水)

☆シンガポール人の数表現

 シンガポール人は指による独特の数表現をします。                                                                               私もこの表現は馴れるまで戸惑っていましたが馴れてくると自分でも自然にシンガポール人と同じような指の使い方をするようになりました。                                                                                                    どの様な表現方法かと言いますと、1から10までの表現を右手だけで行う方法です。                                                                             1から4までは日本人の表現と全く同じですが5から10までがシンガポールスタイルになります。
                                                                                                                                    5 影絵の狐の口の形で五本の指をすぼめて先を尖らせて指の先  をパクパク動かす                                             6 影絵の狐の耳の形で親指と小指を立てる                                                                              7 親指と人差し指を立てる                                                                                           8 親指、人差し指、中指をたてる                                                                           9 親指一本のみを立てる                                                                                         10 五本の指全てを広げる、パーの形
                                                                                     これで片手だけで1から10まで表現できます。                                                                                                        私が最初にこの表現の洗礼を受けたのが、車を有料駐車場に入れ駐車場係員に駐車料金は幾らかと聞いたところ駐車場係員は黙って五本の指をとがらせパクパク動かしている、最初の内は私をからかっているのかと思っていましたがこれが¢50であるの返事でした。                                                                                                                 数表現とは異なりますが、日本人のゴマすりの表現はそのものずばりのすりこぎを擦る表現をしますが、シンガポール人は左手の親指、人差し指、小指を上に向けし、右手は団扇を扇ぐようにパタパタ動かす表現をします。(五徳の中の火をおこす仕草)                                                                      国によって表現も変わり面白い経験でした。

2006年8月14日 (月)

☆手のひらノート

 シンガポール人は大変便利な手帳を毎日持ち歩いています。                                                                          工事事務所の打合会に出席するときにもメモ帳は持ち歩かず、重要な電話番号などは自分の左手の【手のひら】にボールペンで書いている。                                                                                        【手のひら】の文字が消え去る頃は電話も終わり用件も解決済みと言ったあんばいです。                                     私も契約金額に関する重要な話を協力会社の社長さんに伝えたところ、この社長さんは例により自分の手のひらに細かい数字を記入している。                                                                                 商談も終わりくだんの社長さんと食事に行くことになり遅くまで酒席を共にして別れるとき念のため契約金額は間違いないでしょうねと確認したら、おもむろに自分の【手のひら】を見て大丈夫との返事、正式契約の時も全くトラブルは有りませんでした。                                                        その日以降、私も紛失することがない【手のひらノート】を活用するようになりました。                                              この風習はシンガポール人だけかと思っていましたが、私が帰国後、人間ドッグで入院したとき若い看護婦さんが私の体温と脈拍を測り数値を自分の【手のひら】に書いていました。

2006年8月12日 (土)

☆蟹とゴルフクラブ

 シンガポール人は最低二カ国語を話すことが出来るといいながら自分の母国語以外は外国語です。                                                                               我々日本人も英語は間違いなく外国語になります。                                                                           シンガポール人とこれらの外国語どうしを話して生活していると考えもつかない面白い誤解を生むことがあります。                                                                                      私の家族が帰国して単身生活をしているある日我が家に帰ると、阿媽さんが                                                              「Mr. Miyamoto 先ほど Y主任より電話があり今日蟹を持って帰るので食事せずに待っていてくれ」との言付け、                                                                                               夜九時頃まで待っても Y主任は帰ってこず、あらためて阿媽さんに聞いてみても                                                    「先ほど Y主任の運転手がゴルフバックを届けに来ただけで Y主任は帰ってこなかった」                                                                                                                        とのこと、楽しみにしていた蟹料理は諦めいつもの阿媽さんが作った食事を遅い時間に一人で食べる羽目になりました。                                                                                                          食事をしながらあらためて阿媽さんに電話の内容をゆっくり聞いてみるとどうも我が家の阿媽さん【蟹(クラブ)】と【ゴルフクラブの(クラブ)】を勘違いしたらしい。                                                                     これなどはお笑い話ですまされるが中にはこの様な誤解がトラブルの原因になることもたくさんあると思います。                                                                                                       英語の下手な私は重要な契約に絡むような設計事務所との打ち合わせには必ず秘書の Mearyさんを連れて打ち合わせにのぞみ帰社後打ち合わせ内容をタイピングさせ間違いないかチェックをしていました。

2006年8月11日 (金)

☆シンガポール人との食事

 日本人は仏教徒でありながら何でも食べる事が出来ます。                                                                        シンガポール人を食事に招待するときは最前の注意を持ってしないと大変なことになります。                                                                                                             モスレム教徒のマレー人は豚肉を絶対食べないし、お酒もたしまない。                                                                         シンガポールで食事を招待するのに一番難しいのはモスレム教徒のマレー人かもしれないです。                                                                                                                 また、仏教徒である中国系のシンガポール人も牛肉を宗教上の理由で食べない人も居るので注意が必要です。                                                                                                      私が在任中に我が社のお得意様であるインド系の施主を日本料理屋に招待したことがあります。                                                                                          もちろん前もって何を召し上がる事が出来るかある程度の調査をして招待しました。                                                          当日は私も末席に座らせてもらいましたが、このヒンズー教徒である社長さんは牛肉の鉄板焼きが大好物でもりもり召し上がっている、ヒンズー教徒は牛は神聖なものと崇められているのに不思議な思いをしました。                                                                                  かたや、もう一人のインド系の重役さんはベジタリアン(菜食主義者)との事で野菜しか召し上がらない不思議な食事会となりました。                                                                日本人は食べ物の好き嫌いはあるが宗教上の理由で禁止されている食事は殆ど無いのではないかと思います。(広い日本の中では宗教上の理由で鮑を食べない村、キュウリを食べない村も有るそうですが・・・・)                                                                                      せいぜい、我々はお通夜、お葬式の時は生もの、肉類を食べないようにしていますが最近は都会ではこの良き風習もあまり守られていません。                                                                 日本人に生まれてつくづく良かったと思うのは私だけでしょうか?

2006年8月10日 (木)

☆シンガポール人とクリスチャンネーム

 シンガポール人のほとんどの若者はクリスチャンネームを持ち、お互いにクリスチャンネームで呼び合っています。                                                                                                             上は当時のシンガポール大蔵大臣の Mr. Tony Tan から、下は私の秘書である Miss. Meary So までクリスチャンネームを持っています。                                                                   このクリスチャンネームをどの様にして命名したか不明ですが(シンガポールのクリスチャンネームを持っている人全てがクリスチャンではありません)機会があれば命名の由来を聞いてみるのも面白いと思います。                                                                                            以前にこのことを我が社のローカルスタッフに聞いたところ、オフィスガールの黄さんは我が社の日本人スタッフが自分の初恋の人に似てたらしく黄さんを悦ちゃんと呼びはじめそれが英語読みに変わって Ester と呼ばれるようになりこれが彼女のクリスチャンネームになったそうです。                                                                                    また、ある男性のスタッフは同じ社内に同姓が多く(特にシンガポールは日本の佐藤、鈴木と同じく陳、黄、曽の姓がたくさんいます)混乱するのでクリスチャンネームを付けたそうです。                                                                                               ただし、シンガポール人が全員携帯を義務付けられている IC カード(身分証明書)にはクリスチャンネームは記入されていません。

2006年8月 8日 (火)

☆共通語

 私の友人の Mr. Tan Kim Seng には二歳違いの兄がいます。                                                            この兄弟で会社を経営しています、彼らと私達の会話は英語ですがこの兄弟同士は福建語で話しています。                                                                                                         この兄の Mr. Alick Tan は英語を私以上に上手に話しますが不思議なことに英語の読み書きは全く出来ない(アルファベッドも満足に書けない)                                                                     ただし、福建語の読み書きは素晴らしく上手です。                                                                                        弟の方は福建語を上手に話すが漢字の読み書きは全く出来ない。                                                                         これはシンガポールの学校教育の特徴で、英語教育を専門にしている学校を卒業しているか、または、華語教育を専門にしている学校を卒業しているかによるものです。                                                      同じようにマレー語、ヒンズー語専門の学校もありますが必ず専攻の語学以外に第二外国語を習う事が義務付けられています。                                                                                           ある時兄の Mr. Alick Tan が                                                                              「Mr. Miyamoto バンコックに一所に遊びに行かないか?」と誘ってきて、何故私を誘うのかと聞いてみると、彼は恥ずかしそうに出入国カードが書けないので英語の分かる人と旅行がしたいとのことでした。                                                                                                    バンコックのホテル、タクシーでは私の英語より英語の書けない彼の方がりゅうちょうに英語を話していました。                                                                                                      思うに、日本での英語教育では読み書きは上達するが、話すことと、聞くことは全くだめな教育を受けてきました。

2006年8月 7日 (月)

☆シンガポール人気質(2)

 シンガポール人気質の極端な例を述べますと、我が社がN電気の半導体工場の増築工事を受注したとき、数ヶ月後工事も無事完了し残工事であった外溝工事の街路灯を設置し明日は竣工検査を迎える日にお得意さんのローカルスタッフである総務部長さんが血相を変えて我が社のスタッフに文句を言っている。                                                                               何事かと良く聞いてみると                                                                                          「私の車が傷ついた、おまえの会社で弁償しろ」とのこと、                                                                         工事車両でもぶつけたのかと思い内容を聞くと                                                                                                 「私はいつもこの駐車スペースの同じ場所に車を停めている、昨日まで無かった街路灯が立っていて車をぶつけた、街路灯を建てたおまえの会社が悪い」とのたまう。                                                    シンガポールではこの様なクレームをまじめな顔で言う人もたくさんいますし、すぐ訴訟を起こされます。                                                                                                      日本人もこの様な場合すぐ対処できる能力が必要だとつくづく考えさせられました。

2006年8月 6日 (日)

☆シンガポール人気質(1)

 一般的にシンガポール人は人前では決して謝らない。                                                                        工事事務所、営業所の打ち合わせ会議に遅れても謝らず必ず何らかの理由を述べて自分を正当化する傾向があります。(お断りしておきますが全てのシンガポール人がこの様な人たちではありません)                                                                                          遅刻でよく用いられる言葉があります。                                                                              「今日は定刻に到着できるよう事務所を出発したのですが途中でスコールに遭い車が渋滞したため遅れた(私が悪いのではなくスコールが悪いのだ)」とのたまう。                                                     次回はどの様な弁解が出るか楽しみにしています。                                                                       短気な日本人がレストランでもめる事が一つあります。                                                                  これは、料理を注文してもなかなか持ってこない、恐らくウエイトレスの伝票ミスと思えるのだがこれに対して文句を言うと必ず帰ってくる言葉が「On the way」の返事。                                                                          また、我が社の工事事務所係員が朝一番で材料屋さんに資材の発注をしたが10時過ぎても注文した資材が届かない、催促の電話をしたら例によって「On the way」の返事、この資材が工事事務所に届いたのが翌日の昼過ぎでした。                                                                                  我々日本人はこの「On the way」の意味を取り違えているのかも知れません。

2006年8月 4日 (金)

☆中国料理のテーブルマナー(2)

 私達ゼネコンの社員は関係業者と食事を取りながら打ち合わせすることが度々あります。                                                                                                                             彼らは打ち合わせの内容が複雑になってくるとおもむろにボールペンを持ち出し純白のテーブルクロスの上に文字や図を書き説明を始める、料理が運ばれてくる時には純白のテーブルクロスは文字だらけになっています。                                                                                     これを見てもウエートレスや店主は何も言いません、不思議な光景です。                                                           また、中国人は食事の時食べ終わった鶏の骨、魚の骨などを純白のテーブルクロスの上に平気で捨てる、これは、中国では招待したお客がテーブルクロスを汚すほど喜んで食べてくれたと招待主が喜ぶためです。                                                                               食事が終わった後はウェイトレスが無造作にテーブルクロスでこれらの骨を包み下げてくれます、後の処理が大変だと思うのですが? これだけは日本人の我々は真似が出来ません。                                                                                                    長年シンガポールに駐在した我が社の日本人スタッフが日本に帰国し、高級中華料理レストランに招待を受けたとき、長年の習慣でこれをやり周りの人から白い目で見られたそうです。                                                                                                       この様なマナーも国が変わればマナーでなくなります、注意しましょう。

2006年8月 3日 (木)

☆中国料理のテーブルマナー(1)

 中国料理は皆様よくご存じの通り10人程度でテーブルを囲み10から12品の料理を皆で賑やかに食べるのですが、シンガポール系中国人のマナーとしては皿の料理を自分の箸で両隣の人に取り分けてあげるのが親しい人へのもてなしとされています。                                                  このマナーはこれでなかなか楽しいものです。                                                                 私の観察によりますと、この楽しいマナーも最初の2,3品の料理が出る頃は皆様お腹が空いているため夢中で食べているのでこのマナーを忘れている、さて、お腹の空腹感も満たされ次に出てくる料理は何かなあと考え出す。                                                                             テーブルの皿の上にはまだ料理が少し残っているため次の料理が出てこない、自分で食べるのは量が多い過ぎる。                                                                                    この時シンガポールのテーブルマナーが始まります。                                                                 もたもたしていると私の取り皿の上は周りの人から分けられた料理で山となる、この料理を残しては悪いと思い無理をして食べると後から出てくる美味しい料理が食べられなくなります。                                                                                                                  これは後から出てくる魚翅料理とか燕寓料理の様な高級料理を私に食べさせない陰謀としか思えません。                                                                                            日本人のひがみでしょうか?

2006年8月 2日 (水)

☆お世辞

 シンガポールに永く滞在していますとシンガポール人の友人もたくさん出来、彼らの性格、気質も分かり合える様になってきました。                                                                             シンガポール人と日本人の考え方の相違、嗜好品の違い、仕事上の考え方の相違、等々日本人として面白く感じたことをざっくばらんに書いてみます、お断りしておきますがこれらの話はシンガポール人全ての共通点ではなく、あくまで私がお付き合いした人々の限られた話です。                                                                                               

 中国系シンガポール人は日本人のようにお世辞が言えません。                                                           ある時、私が親しくしている中国系シンガポール人を食事に招待しました。                                                                日頃お世話になっていることに感謝を込めて、私に取っては最高の中国料理レストランで歓待しました。                                                                                                  友人に「味はどうですか? 美味しいでしょう」と聞いたところ、                                                                                   友人から帰ってきた言葉は「No so bad(悪くないね)」と言う返事、                                                                                   中国人を知らない日本人は最高の賞賛の返事を期待していると思いますが、友人はこれで最高に喜んでいるのです。                                                                                    彼らは不味ければハッキリと不味いと言います、日本人のように心ないお世辞を言うよりはよほど気持ちが良いです。

2006年8月 1日 (火)

■美珍香(ビー チュン ヘン) 

 シンガポールへ観光で来られた方にシンガポール土産は何が宜しいでしょうか? とよく質問を受けます。                                                                                            まさかその度に「マーライオンの置物です」とは言いかねます、シンガポールにはお土産になるようなものはあまり見あたりません、シンガポールにある物はマレーシア、香港にもありどの様に返事して良いか困っています。                                                                                        何もない中から選んだのがこの【美珍香(ビー チュン ヘン)】です。                                                           【美珍香】は豚肉のポーク・ジャッキーで、豚肉を薄くスライスしこれを香辛料に漬け込み炭火で焦がさないように両面を焼いたものです。                                                                              シンガポールのチャイナタウンの近くでこの【美珍香】を焼きながら売っている光景を見ることが出来ます。                                                                                         味はビーフ・ジャッキーより甘く、中華風の香辛料がやたらに強くやや癖の強い味がします。                                                                                                                  また、硬さもビーフ・ジャッキーの様な噛みごたえが無く柔らかいジャッキーです。                                                             正直に言って私はあまり好きになれない食べ物でした。                                                                           私がこの【美珍香】を嫌いなせいかシンガポールに遊びに行ってもお店ではほとんど見かけません、今でも売っているのでしょうか?                                                                                     タイ バンコックには似たようなものがありましたがこちらはあまり癖のない味でした。                                               興味の有る方はシンガポールに訪問されたとき探してみては如何でしょうか?

2006年7月31日 (月)

■我が家の家庭料理

 シンガポールに永く住んでいますと日本からのお客さんを度々迎えることもありますし、また、我が社の単身赴任、独身者、ローカルスタッフを招待することも度々あります。                                                    単身赴任者、独身者を招待するときには一年中暑いシンガポールではあまり食べることのない【すき焼き】、【鍋料理】を作り喜ばれていました。                                                                       【すき焼き】に使う牛肉は OG ビーフ(オーストラリア ビーフ)の美味しい肉が安く購入できますし【鍋料理】には伊勢海老、蟹類が豊富にありますので重宝しました、しかし、野菜類はシンガポール ポンゴール近くの農園工場で水耕栽培されたものが入手出来ますが日本に比べ高級食材になります。                                                                                中でも日本人に一番喜ばれたのが【伊勢海老一匹入りのみそ汁】で、このために日本から特大のみそ汁椀を仕入れて提供していました。                                                                                     伊勢海老は当日の朝テッカマーケットに活き伊勢海老を仕入れに行き段取りをしていました。                                                                                                                        魚も鯛、鰺、マグロが手に入りますが刺身にしても焼き魚にしても評判はあまりよくありません、ただし、シンガポール人が大好物の、我々がエンゼルフィッシュと呼んでいました【マナガツオ】は唐揚げにして食べると美味しい魚でした。                                                                          また、我が社のローカルスタッフを招待するときは生ものを食べられない人がたくさんいますので【おいなりさん】を作り食べて貰っていました、これもローカルスタッフには評判が良かったです。                                                                                          我が社の食い道楽の N 事務長は日本から焼き鳥を焼く専用機を仕入れてきて(日本の焼鳥屋で使っているものと同じもの)庭で日本式サテーを焼いて喜ばれていました。                                                              シンガポールでは家が広いせいもありますがこの様なパーティーが頻繁に行われ楽しく過ごせます。                                                                                              私の部下である日本人、ローカルスタッフのパーティーは家族同伴で30人程度のパーティーを年2,3回開催していましたが、日本人の家族には一家族一品の自慢料理を持参して貰いパーティーを盛り上げていました。                                                                                  日本に帰国してからは家が小さいためこの様なパーティーが出来ません、これも楽しかったシンガポールの思い出になりました。

2006年7月30日 (日)

■ローカル ラウンジ(2)

 シンガポールのナイトクラブ、キャバレーは日本のスタイルといささか異なっています。                                           シンガポールのナイトクラブ、キャバレーはママさんと呼ばれる女性が店の規模にもよりますが10名から20名もいて各々のママさんが配下のホステスを4から5人抱えて采配を振るっています。                                                                                                 お店に入るとママさんが並んでお迎えがあり顔見知りのママさんに声をかけると後は全ての面倒を見てくれます。                                                                          この様なナイトクラブで異様に感じたことは男子トイレの中でインド人が商売をしていることです、どんな商売かと言いますと、まず、安物の香水を振りかけたおしぼりを渡してくれその後安物の香水を洋服に振りかけてくれることです、これらは勿論チップ稼ぎのためでそんなに驚くことは無いのですが一番驚いたのがトイレの中の片隅でタバコ、駄菓子を売っていることです、こんなところで駄菓子を買う人がいるのでしょうか? 異様な光景です。                            シンガポールのローカルバーに行きますと店の中は非常口にぼんやりと明かりが点いているだけで後は真っ暗闇の世界です、ホステスの顔も全く見えない上にほとんど英語も通じません。                                                                                                さすがにこの様なローカルバーは一度行ったきりで二度と行く気がしませんでしたがローカルバーとはこの様なものであると良い勉強になりました。                                                                    観光客にはお勧めできません。

2006年7月29日 (土)

■ローカル ラウンジ(1)

 日本人のあまり行かない【ローカル ラウンジ】のことを書いてみます。                                                          シンガポール人の友人がたくさんいる私はジャパニーズ ラウンジに負けないほど【ローカル ラウンジ】に通いました。                                                                                                    ジャパニーズ ラウンジと【ローカル ラウンジ】の差はボトルキープが無いこと、カラオケが無いことが特徴です、その変わりに台湾人、香港人、フィリッピン人などによるショーがふんだんにあることです。                                                                                             さて、皆さんが一番関心のあるホステスですがテーブルにはものの5分も座っていずに入れ替わり立ち替わり席を替わります、ホステスの名前を覚えるどころか顔も覚えきれないほど目まぐるしく席を替わっていきます。                                                                                        さて、帰る頃になると一度テーブルに着いたホステスが全員我々のテーブルに集まる、多い時には20人以上のホステスに取り囲まれ驚きますが、これはシンガポール恒例のチップを貰うために集まって来るのです。                                                                                           チップの払いはママさんにS$30程渡すとこれを全てS$1に両替し我々にたいするサービスの貢献度によりS$1からS$3の範囲内でママさんが配ってくれます。                                                           また、舞台で歌っている歌手も呼べば席にきてお酌をしてくれます、この場合はチップをはずむため自分の出番が来るまでじっくり話し相手になってくれますが残念なことにフィリッピン人以外はほとんど英語が話せず会話が出来ませんが楽しいものです。                                                                 この【ローカル ラウンジ】にシンガポール人のお施主さんの招待を受け行ったときチップをS$1,000(当時のレートで日本円10万円以上の金額)渡していました。                                                          私が貰いたいほどの金額です。

2006年7月28日 (金)

■ジャパニーズ ラウンジ

 私がシンガポールへ赴任してすぐに我が社の日本人スタッフから英語の勉強に行こうと連れて行かれたのが【ジャパニーズ ラウンジ】と称するカラオケクラブでした。                                                                          この様な【ジャパニーズ ラウンジ】はシンガポールには数十軒もあり日本の高級クラブと遜色ない雰囲気の(金額も)お店が営業していました。                                                                                 我々がよく通っていたのはシンガポールでも庶民的な CPF の愛称で親しんでいた富士屋でした。                                                                                                    この CPF という愛称は富士屋がシンガポールにたくさんあるカーパークビルの1階で営業していたので【カーパーク富士屋】の頭文字を取って CPF と呼んでいたわけです、また、この CPF という名称はシンガポール厚生年金局の略称でもありローカルスタッフの手前昼間からお酒を飲みに行く相談も話ずらいので今夜は CPF へ行こうと話していました。(実際にはローカルスタッフもカタコトの日本語を理解していてバレバレだったと思います)                                                                                                                           この富士屋はシンガポールでは古い一膳飯屋で(店主は元日本大使館のコック長で、庶民的な日本料理をつくってくれます)我々は一日3回お世話になることが度々ありました。(一日3回とは前夜明け方の2時頃まで飲んで、その日のお昼は定食を食べに行き、夜はまた飲みに行くというパターン)                                                                                                                                                                            この他にも楽しい【ジャパニーズ ラウンジ】がたくさんありましたが庶民的な値段のCPFは帰国するまでずいぶんお世話になった店です。                                                                          たぶん富士屋の床に敷かられている絨毯の一部分は私の支払ったお金で買われていることでしょう。                                                                                                      また、我々が安い庶民的な【ジャパニーズ ラウンジ】を見つけカラオケで日本の演歌を楽しんでいるといつの間にか韓国人に占領され、カラオケは韓国の唄ばかり流れるようになってしまい我々日本人は清く撤退していました。                                                                                   当時の韓国勢力はヒュンダイ(現代社)、サンヤン(双龍社)のゼネコングループがシンガポールに進出してきて古くからシェアーを持っていた日本のゼネコンは度々価格面で韓国に負けていました。                                                                                     これらの楽しかったカラオケもシンガポールの楽士組合からクレームがついて生バンド以外のカラオケは禁止令が出ましたが約1年でこの法律?も撤回されました。

2006年7月27日 (木)

■ローカルマーケット

 グルメの話が続き皆様も食傷気味になられたことと思いますのでこのあたりでシンガポールでの生活の話に戻したいと思います。                                                                                        シンガポールに永く住んでいますと毎日の買い物も日本食専門店、デパートなどでの購入は不経済になります。                                                                                        探求心旺盛な我が家の買い物はローカルマーケットをよく利用しました。                                                                            これらのローカルマーケットは大きな地区ごとに有りますが我が家が利用したのがセラグーンロード入り口にある【テッカマーケット】でした。                                                                    【テッカマーケット】へは我が家が住んでいたミンテック パークからシックス アヴェニューに出て後はブキテマ ロードを東に向かい走るとすぐのところに有りました。                                                      セラグーン ロードは前にも話しましたがインド人街で有名なところで【テッカマーケット】へくるお客の半分はインド人で占められていました。                                                                        このマーケットは魚屋、肉屋、八百屋の個人経営者の集合体でここにくれば全てのものを調達できます、また、2階には雑貨品を扱う店もあります。                                                                              マーケットに入るとすぐのところに鶏専門の店があり鶏は全て生きたまま鳥かごに入れられて売られています、お客は鳥かごの中の鶏を品定めして注文すると店員がその鶏を取りだしいとも簡単に首を絞め、後は旧式のドラム式洗濯機の様な機械の中に放り込みスイッチを入れると2,3分で丸裸の鶏が出てきます、それをビニール袋に入れ渡してくれます。                                                                                                                     肉屋はモスレム専用の羊肉屋とチャイニーズ専用の猪肉屋が喧嘩もせず隣り合って店を出しています、これらの肉屋はショーケースでの陳列ではなく枝肉、レバー、タン、ハツ、頭等の臓物をカギに引っかけぶら下げ売っています、気の弱い人はこれらの光景を見ただけで食欲が無くなることでしょう。                                                                                             魚屋は日本でお馴染みの鯛、鰺に似た魚も売っていますが日本人が無難に食べられるのは海老、伊勢海老、蟹類でしょう、私も割合新鮮そうな鯛、鰺などを買ってお刺身で食べましたが、日本の魚と比べ大味でした。                                                                                    八百屋はパクチーなどの香草類がたくさん扱われており、日本でお馴染みのナス、キュウリも有りますが全て日本のものより数倍の大きさに育ったものばかりです。                                                           この様なお店がぎっしりとかたまって営業しており馴れない人は匂いと、騒音で驚くことと思います。                                                                                                      話が変わりますが、ある日の深夜酔っぱらって町中をふらついていますと一軒の店だけこうこうとと照明をつけて商売をしている店があり何を売っているのかと近づくと歩道近くに得たいの知れないものが転がっている、よく見ると全て切り落とされた豚の頭でした、この小さな店は深夜豚を解体してマーケットに卸しているらしい、日本では考えられないような光景でした。                                                                                                  この豚の頭は骨を取り丸ごと茹でてセブンマンス フェスティバル(お盆の祭り)のお供え物になります、お供えした後はこれを持ち帰り家族全員でのご馳走になるのでしょう。                                                      これからシンガポールに長期滞在される方は早くローカルマーケットに馴れ生活を楽しんでください。

2006年7月26日 (水)

◆シンガポール食べ歩き

 今まで A 級グルメ、 B 級グルメとたくさん紹介してきましたが、シンガポールには未だ紹介したいグルメがたくさんあります。                                                                                 そのうち今まで書いていない私が経験した美味しい B 級グルメについて紹介いたします。                                 【酔っ払い海老(Drunking Prawn)】は透明な耐熱ガラスの鍋に活きた海老を入れ客席に運んできます、その中に目の前で老酒をコップ一杯入れます、鍋が透明容器のため海老のもがき苦しむ様子を見ながら火にかけ酒蒸しにして食べる料理で、丁度日本のどじょう鍋と同じ残酷な料理です。                                                                                              これはシンガポールの中華レストランなら何処でも食べられるポピュラーな料理です。                                                 【冬瓜のスープ】は大人の頭ほどの大きさの冬瓜の中をくり抜き中に海老、干し鮑などを入れその上からスープを注ぎじっくり蒸し上げた料理です、冬瓜の皮の部分には彫刻が施してあり食べるのがもったいない様な料理です、食べるときは冬瓜の果肉をそぎ落としながら中の具と一所に食べます、あっさりした日本人好みの味です。                                                                【伊勢海老のカレーココナッツミルク煮】(正式の料理名は知りません)と言うような料理で、これを食べにオーチャード通りのレストランによく通いました、このレストランは常連になったためウエイトレスは私の顔を見ると黙っていても【伊勢海老のカレーココナッツミルク煮】のオーダーを通してくれるようになりました、この料理は二つ割りにした伊勢海老が入っていますが伊勢海老よりスープの方が美味しい料理です。                                                                       また同じ店でよく食べたのが【鳩の丸焼き(Roast Pigeon)】で一人で一羽平気で食べられました、この鳩料理は頭も、くちばしも付いているのですがシンガポール人の友人から頭は毒が有るので食べてはいけないと注意されていました。                                                                              【麻婆豆腐】は四川省の名物料理で陳さんと言うお婆さんが始めた料理で日本で食べられている【麻婆豆腐】とは全く違う味がします、山椒の実が痺れて非常に美味しい料理です。                                                                                                                                                              【海老の唐辛子炒め】は唐辛子を二つに割りこれをフライパンで海老と一所に炒めた料理で見た限りでは海老より唐辛子の方がたくさん入っているような料理でこれも四川省の名物料理です。                                                                                                 【鵞鳥料理】中国料理ではダックは日常的に食べられていますがグース料理は珍しいと思います。                                                                                                   【田鶏料理】は蛙料理で生姜炒め、唐揚げ等バラエティーに富んだ美味しい蛙が食べられます、これも私の好物料理でした。                                                                             【チキン レッグ料理】は名前を聞いただけでは美味しそうな料理に見えますがこれは鶏のもも肉料理ではなく鶏の爪付きの足先だけの料理です、(気の小さい人は注文しないこと)食感はゼラチン質の歯ごたえが有る料理です、タイ バンコックではこの足先の皮部分のみを剥がしサラダにして食べる料理が有りました、あっさりと美味しい料理です。                                                                     いろいろな珍しい料理を紹介致しましたがシンガポールの中国料理は何を食べてもまずいものは有りません、食べ過ぎないようにご注意下さい。                                                                                 通常中国料理は一人一品注文して5,6人で食べるのが適量です、大食漢が注文するとどうしても食べきれない量の料理を注文しがちですが、いつもは小食の私が料理の選択と注文を受け持っていました。

2006年7月25日 (火)

◆蟹と木槌

 題目を見ても何のことか判らないと思います。                                                                                                              ある時マレーシアのK.L.(クアラン ループル)に友人と遊びに行ったとき蟹料理の美味しい店があるとの情報のもと早速蟹を食べに出かけました。                                                                           レストランのテーブルに着くとテーブルの上には小さなまな板と木槌が人数分段取りされています。