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2007年2月 6日 (火)

▼エピローグ

 2006年4月から書き続いていました 【新加坡雑感(シンガポールの想い出)】 のブログもとりあえず今回で終了いたします。                                                                                                 最後になりましたが生意気に【国際人】について私感を述べてみます。

・その國に入れば、その國の人と同じものを食べ、同じような家に住み、その國の人と同じレベルで生活するよう心がける。

・パーティーなどに招待され出席するときも、積極的に現地人のグループにもぐりこみ友人を作ること、言葉はうまく話せなくとも心は通じるものです。

・現地の風習が分からないときには身近な人に聞き、積極的に現地の風習に慣れることが大切です。

・どこの國の人でも最終的には理解し合い友達になれます。

最後になりましたが長い間ご愛読感謝申し上げます。これからもシンガポールでの面白い話が見つかりましたらまた、書き始めますので今後とも宜しくお願いいたします。

▼シンガポールの建築事情(2)

 前回の続きとなりますが、韓国の大手ゼネコンの工事の進め方は日本のゼネコンといささか様子が違い技能職などの職人は全て韓国人で固めていました。                                                                韓国はご存じの通り国民皆兵制度を採っている国ですが、私が当時シンガポールで聞いたところ海外に出稼ぎに行く技能職の労務者は徴兵免除の特典が与えられていたらしい。                                                                                                                              韓国からの出稼ぎ労務者は1年間ほとんど休みを取らず働き、1年後稼いだお金を本国に持ち帰り、半年後再び出稼ぎにきていたらしいです。                                                                               勤務時間も朝7時から夜10時が定時でなおかつ残業勤務をしていました。                                                           また、出稼ぎ労務者とゼネコンの社員は同じ宿舎で、同じ釜の飯を食べ軍隊と同じ管理体制で仕事をしていました。                                                                                          当時の韓国人はオリンピック前の日本人と同じで非常に勤勉でまじめに仕事に取り組んでいる姿をよく見かけたものです。

2007年2月 1日 (木)

▼シンガポールの建築事情(1)

 今回のブログのシンガポール シリーズ最終項目となります。                                                                             昔の話で大変申し訳ないですが私がシンガポール駐在中の建築事情について述べてみます。                                                                                                                       当時のシンガポールでは建築ラッシュに伴い日本からのゼネコンの進出は大手、中堅を含めて多くの会社が進出していました。                                                                                                 日本のゼネコンがアメリカ、英国、香港、地元シンガポールの業者に討ち勝って工事を獲得できたのは工期を守るという信頼性が第一番であったと思います。                                                                                         日本の大手ゼネコンの工事の進め方は幹部クラスを日本人で堅め補助職をローカルスタッフに依存していました。                                                                                      また、職人などの労務者は技能職をほとんど中国系シンガポール人で堅め、雑工をマレー人、タイ人、バングラディシュ人、スリランカ人などを雇っているのが一般的でした。                                                                ところがこの安泰のシンガポールの建築界に殴り込みをかけてきたのが韓国の建築大手で現代建築(ヒュンライ)、叟龍(サンヤン)がシンガポールの大型工事をほとんど一手に獲得するようになってきました。                                                                                シンガポールの建築工事は全て入札制により決定されるのでいくら技術力が優れていても金額が高ければ受注することは出来ません。                                                                                                     私がシンガポール駐在中に韓国業者が獲得した大型物件はラッフルズ シティ、リャンコート、マリナスクエアー、チャンギ国際空港第二期工事などでした。                                                                                      ラッフルズ シティ は当社も入札に参加しましたが工期がどのように計算しても韓国業者より半年長くかかり残念ながら韓国業者に負けてしまいました。

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