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2006年10月30日 (月)

◇オーストラリアへの旅(1)

 私がシンガポール滞在中で一番長期に渡る八日間のオーストラリア旅行を計画しました。                                                                                                                     同行はお馴染みのシンガポール人の友人と私を入れて3名による旅行でした。                                                                      行程はシンガポールからブリスベンに飛びシドニー、メルボルンと巡る旅でした。                                                                      日本からオーストラリアに行くのに比べ距離的にはずいぶん短いと思っていたがブリスベンまで8時間の長旅でした。                                                                                                                                       ブリスベン飛行場に到着すると機内アナウンスがあり、検疫が有るので暫く座席で待機しておくようにと放送があり、待っているとオーストラリアの検疫官が飛行機に乗り込んできておもむろにスプレー缶の殺虫剤らしき物を両手に持って我々乗客の頭の上から振りかけながら前に進んでいく、まるで我々はゴキブリ扱いである。 (その後再度日本からオーストラリアに遊びに行ったときはこの様な扱いはありませんでした、東南アジアからの飛行機だけこの様な扱いをするのでしょうか?)                                                                                            この様な検疫が無事終わり機外に出て入国審査カウンターに行くと延々と数百人の行列が出来ている。                                                                                                       オーストラリアは動植物の持ち込みに対しては厳しい規制があり入国審査官は鞄の中を徹底的に調べている、私達の前にいた乗客は缶詰を持ち込もうとして検査官に見つかり没収されていました。                                                                                                   この様に徹底的に検査する上に検査ブースが少ないため我々の通関が修了するまで1時間近くかかりました。                                                                                                日本の成田空港でこの様なスロー検査をしていたら大混雑は間違いないでしょう。                                               さて、ブリスベンの町はオーストラリアの小都市といった町で、車で30分の近くにあるゴールドコーストの玄関口となっています。                                                                                                到着2日目はブリスベンの街をマイクロバスで観光し、昼食はオーストラリア名物の蟹料理を堪能しました。                                                                                             次の日はゴールドコーストで一日ノンビリと過ごし、夕方のドメスティック便で次の目的地であるシドニーに向け出発しました。                                                                                  我々が搭乗したオーストラリア航空のドメスティック便は徹底的に合理化運営がされており、100人近く乗れる飛行機には機長と客室乗務員が1名だけで運行している、我々が搭乗すると機長が客室乗務員と2人でお客を誘導してくれ、荷物まで預かってくれます。                                飛行中は客室乗務員1人で飲み物サービスなどをこなし大した働きぶりでした。

2006年10月28日 (土)

◇台湾への旅

 日本から近い海外旅行といえば韓国か台湾でしょう。                                                                        私はこの台湾にシンガポールから遊びに行きシンガポールに帰ってきたことがあります。                             この旅行もシンガポール人の悪友と3名による旅行でした。                                                                                        当時はシンガポール人はビザは不要でしたが、日本人の私だけビザが必要ということで台湾大使館に申請しビザを取得して出発の運びとなりました。                                                                    私にとっては初めての台湾旅行であったが、台湾人の年輩の人たちは殆どの人が日本語を話せ、また、友人のシンガポール人は華語(北京語)で話している。                                                                         久しぶりに英語抜きで外国人と会話が出来、日本にいる様な錯覚を覚えたものです。                                                  第一日目はシンガポール人の友人の友達が台北に住んでいたのでその家を訪れ歓待を受けました。                                                                                                        特に日本人の私は日本語の話せるご両親から日本のことを聞かれ楽しい一夜を過ごすことが出来ました。                                                                                                       次の日は私の友人がカオシュン(高尾)に用事が有るということで私と別行動を取ることになり私は一人で台北の街を楽しく散策しました。                                                                        台北の浅草といわれる龍山寺にお参りして華西街を散歩し、台湾名物のスッポン料理を堪能し、夜は圓環の屋台料理を堪能しました。                                                                                      この圓環の屋台料理には日本食専門の屋台もあり (私は食べませんでしたが・・・)日本人には抵抗感無く食べられる屋台です。                                                                                                                    次の日は全員で故宮博物館に行き真面目に歴史の勉強もしました。                                                              さて、台湾滞在中に覚えた面白い台湾語を紹介しますとタクシーの運転手のことは【うんちゃん】と呼んでいる、恐らく日本統治時代の名残でしょう。                                                                     また、食堂のメニューにあるスープの名称も漢字で【上水】、【下水】と書かれている、【上水】はいわゆる普通のスープで、【下水】は豚のモツ入りのホルモンスープのことをいっています。                                                                                                     日本人の私は【下水】だけは文字から連想して注文することが出来ませんでした。                                                台湾土産としては何といっても【カラスミ(ボラの魚卵を塩付けし干した物)】でしょう、日本の長崎産の上物は桐箱入りで一双の【カラスミ】が数万円しますが、台湾では庶民の食べ物となっています。                                                                                                       【カラスミ】に日本酒をぬり軽く炭火であぶり大根の薄切りをはさんで食べるとお酒の飲み過ぎになることは間違いございません。

2006年10月26日 (木)

◇香港への旅(2)

 香港2日目は A さんの車で中国返還前のニューテリトリーにある中国との国境地帯に見学に行きました。                                                                                                        当時は共産国との国境地帯ということで香港側と中国側に有刺鉄線によるバリケードが敷かれていて、香港側から望遠鏡で中国軍の警備兵などを覗くことが出来ました。                                                                  中国返還後では考えられないような景色でした。                                                                                                     次の日は映画【慕情】で有名になった香港島の丘の上にあるホテルで食事をしたり、夜は百万$の夜景を楽しんだり、九龍(Kowloon)の街を見物したりとお上りさん感覚で香港を楽しみました。                                                                                                            3日目は海上に浮かぶ Floting Restaurant で有名な【珍寶海鮮酒餐】でシーフードを満喫して楽しみました。                                                                                                  私は初めての外国を訪れた時には必ず案内人無しでバス、電車を乗り継ぎ街を散策することにしています。                                                                                                              香港でも最終日の一日を一人歩きで楽しんできました、日本に帰る日にお世話になった A さんに、かの有名な【九龍城】へ行ってきたといったら、香港駐在の日本人でも怖くて行ったことがないとのこと、香港ではローレックス等の高級腕時計をして下町を歩いていると腕を切り落として時計をかっぱらって行くとのうわさ話があるらしい。 (私は当時ローレックスの腕時計でした) この様なうわさ話は知らず、知らぬが佛で香港の下町を堪能してきました。                                                                                                            今は【九龍城】も取り壊され残念なことにかつての名残は皆無になりました。

2006年10月24日 (火)

◇香港への旅(1)

 私の日本での友人である S 冷熱勤務の A さんが建築工事従事のため香港に単身赴任していました。                                                                                             その A さんからシンガポールの私の所に国際電話が入り、香港に遊びに来ないかとの招待を受け、私も丁度チャイニーズ ニューイヤーで日本に一時帰国する予定でいたのでこのお誘いを喜んでお受けることにし、日本への帰国前に香港に立ち寄ることに致しました。                                                                                                                               香港は未だ中国へ返還前で飛行場も古い Kaitak 国際空港でした。                                                                     シンガポールのチャンギ国際空港を出発して5時間足らずで市街地上空すれすれに降下し Kaitak 国際空港に無事到着、ホテルは香港でも高級であるペネンシュラ ホテル(半島酒店)を A さんが予約してくれていました。                                                                                今回私が香港に是非行ってみたいと思った一番の理由がマカオで一攫千金を夢見たからです。                                                                                                      ホテルに到着すると直ぐにA さんにマカオまでの船の切符をお願いしてホテルで待っていたところ、マカオへ渡る切符は手配できたけれどマカオから香港に帰る切符が取れないとのこと。                                                                                                  チャイニーズ ニューイヤーはシンガポールと同様で会社、商店は休みとなり、香港人のお金持ちはマカオへのギャンブル旅行で混雑するらしい、せっかく香港まで来てマカオへ行けない羽目になってしまいました。                                                                             仕方なく気を取り直して翌日からは香港観光と決め、今夜は香港の美味しいグルメを堪能することで話がまとまりました。

2006年10月22日 (日)

◇バタム島への旅(2)

 バタム島は日本からの進出企業の製缶工場が在るだけの本当に小さな島です。                                                         島の中心部にはナゴヤという町が在ります。                                                                                       この町名の由来は日本の名古屋出身の人がたくさん住んでいたのでナゴヤと呼ばれるようになったそうです。                                                                                     この様な小さな島に日本人町が在ったとは驚きです。                                                                        我々はこの島で開発工事をする場合の諸条件をチェックして歩き、問題ないと結論を出してシンガポールへ帰りました。                                                                               シンガポールではこのプロジェクトのためチームを組んで半年ほど計画、見積を進めてきましたが開発事業主が金銭的理由によりこの開発を中止するとの連絡があり、残念ながら我が社のプロジェクト チームも解散となりました。                                                                      この様に突然中止になることは度々ありますが誠に残念な結果となりました。                                                      その後、私が帰国後バタム島のリゾート開発が再会され、今は観光客で賑わっているらしいです。

2006年10月20日 (金)

◇バタム島への旅(1)

 バタム島はインドネシア領ですが、この島へ渡るのはインドネシア本土から行くよりシンガポールのケッペル港から高速艇で直接渡った方が早く行けます。                                                        このバタム島にシンガポール資本を注ぎ込んで、ゴルフ場をメインにしたリゾート開発をする計画がシンガポールの設計事務所から発表されました。                                                                         我が社のシンガポール営業所とインドネシアに在る関連会社のジャヤ O B と組んでこの計画に参画する事になり現地調査を兼ねてバタム島に視察旅行に出かけることとなりました。                                                                                                          バタム島に着いてまずすることは入国のための通関手続きである。                                                                     バタム島のインドネシア人の税管吏は観光客の外国人が来なくて暇なせいか懇切丁寧に荷物検査をする、また、バタム島は業務目的で入国する場合は入国税無しで入国できるが観光目的の場合は入国税を取られるしきたりになっています。                                                                            この熱心な税関吏は私が業務のための入国と言っているのに、お前は観光のための入国だろうとひつこく聞いて私から入国税を取り立てようとする。                                                                             インドネシア政府に対し忠実に仕事をするには大変良いことであるが、この取り立てた入国税がインドネシア政府に入るかどうかははなはだ疑わしい。                                                                 また、入国検査と称して私の鞄を開け中にある私の私物を見つけ、この品物は自分へのプレゼントかと聞き堂々とアンダーテーブル (袖の下、賄賂のこと) を要求する。                                               話は変わりますが当時インドネシア ジャカルタに駐在していた友人の話によると、現地でいつも車で走っている道が突然右折禁止の移動看板が取り付けられていることがあるらしい、この様な場合にはその先に必ず警察官がいて罰金の取り立てをしているそうです。                                    翌日になると右折禁止の看板はなくなり元通りになっているそうで、警察官の小遣い稼ぎのための罰金の取り立てらしい。                                                                                              この様な悪徳?税関吏と悪戦苦闘の結果やっと入国を認められました。                                                                                それ以来バタム島に訪れるときにはS$1をこより状に細く丸め数本ポケットに入れておき、税関吏がクレームを付けた場合1本ずつポケットから取りだし税関吏の胸のポケットに入れてやるとスムーズに通関出来ました。                                                                        お断りしておきますが現在のインドネシアではこの様な事は無いと思います。

2006年10月16日 (月)

◇コロポックルへの旅

 コロポックルと聞かれても何処にあるかご存じないと思います。                                                                                     家族が日本に帰国して単身赴任になったある日、シンガポールの英字新聞を見ていると【コロポックル ツアー】募集という広告があり、名前が何となくエキゾチックに聞こえたので日本人の友人とツアー参加の申し込みをしました。                                                                                             出発は観光客で有名なニュートンサーカスの駐車場を朝6時出発ということで指定時間にバスに乗り込みました。                                                                                                                    ツアーはある程度ミステリー ツアーの様な物で行き先はマレーシアのジョホールバルー州からあまり遠くない水上生活者の町を訪ねるツアーでした。                                                                 このコロポックルと称する町の全ての家、学校、教会、商店、レストランが海の上に木製の足場を造りその上に建てられている海上都市となっています。                                                                    町の中にある道路も全て板敷きの道で幅4メートルほどの道が町全体に張り巡らされている。                                                                                             また、道の両側には安全柵もなく私みたいな酒好きな人間は1年に数回は海に落ちることでしょう。                                                                                                         この板敷きの道には普通の道と同じく犬、猫もノンビリと歩いている。                                                      この町の生計は全員が漁師でたまに私達のような観光客が使う現金収入で生活しているらしい。                                                                                            我々も昼食はコロポックルの中にあるシーフード レストランで食事をしたが、食材はこの町の漁師が採ってきたばかりの魚、蟹、海老類で新鮮で美味しい料理を堪能できました。

2006年10月14日 (土)

◇マレーシアへ蝶々採りの旅(2)

 前回書きました蝶々採集の旅以来マレーシアの K L (クアランループル)へは仕事がらみの出張で50回ぐらい行きましたが同じようなトラブルに見舞われることもありませんでした。                                                                                                                          シンガポールから K L まではチャンギ国際空港からシャトル便が1時間ごとに出発しており出国手続きも簡単で、到着順で搭乗できます。                                                                                           ただし、当時 K L ではタクシーの数が少なかったせいか、市内から飛行場まで行く場合はおんぼろタクシーで相乗りが普通でした。                                                                        この相乗りタクシーも同じ目的地に行く人の相乗りではなく路上至るところで客を拾う、また、運転手も行き先を聞かずに乗車させ飛行場へ行くために最初に乗った私が遠回りになることは請け合いである。                                                                          最初に乗った人の料金も割引料金ではなくメーター通りの料金を請求する、勿論途中から乗り途中で降りる人からも料金を取っているがマレー語でのやりとりのため私にはこれらのシステムはさっぱり判りません。                                                                                 日本ではトラブルで大騒ぎになることは間違いありませんが、しごくノンビリした国民です。                                      私も最初の内は嫌々これらの相乗りタクシーを利用していたが、ある時飛行場のリムジンバスを利用してからはこのリムジンバスにやみつきになり毎回快適に利用するようになりました。                                                                                                                   利用の仕方は市内にある有名ホテルにぶらりと入り、ドアーマンにリムジンバスの時刻を聞いた後チップを渡しホテルのバーでお酒を飲んでいるとリムジンバスが到着したとホテルのドアーマンが呼びに来てくれる。                                                                             これらのリムジンバスは殆どお客は2,3人程度しか乗っていない、冷房完備のデラックスバスを貸しきりで乗っているような気分に浸れます。                                                                   皆様へも安くて快適なリムジンバスをお勧めします。

2006年10月12日 (木)

◇マレーシアへ蝶々採りの旅(1)

 題目を見て私が蝶々採集の趣味があったのかと驚く方もいると思います。                                                                    さて、この話の発端は私がシンガポールに赴任して間もない頃、我が社の顧客である N 電気がシンガポールに工場を新築することになり、工場の規模が同じ程度の N 電気マレーシア工場を視察に行くことになりました。                                                                                             この出張は日本から来ている T 熱学の日本人エンジニヤーと私だけの視察旅行となり 、N 電気の担当者から先方宛の紹介状を貰い出発しました。                                                                                        N 電気マレーシア工場は K L 国際空港からさらにタクシーで3時間ほど奥地に入ったセランゴール州の外れにあると聞いていました。                                                                        K L 国際空港に到着して地理不案内の我々は英語の話せるタクシーをチャーターし口答で行先を伝えたら間違うと思い行き先を書いた紙を運転手に見せ、この場所が判るかと聞いたところ運転手は愛想の良い顔で良く知っているという。                                                                                    さすがに日本の大メーカーはマレーシアでも名前が通っていると安心しマレーシアをドライブ旅行する気持ちで途中食事をとりながら運転手に任せきりで走っていました。                                                            これが喜劇の始まりで地理不案内の我々は3時間以上かかると聞いていたので相当の田舎と思っていました。                                                                                   3時間近く走ると山の頂上近くにある湖のほとりに出て、運転手にまだかと聞くともうすぐだという。                                                                                                  暫く走り、見晴らしの良い場所に車は止まり、我々は親切な運転手が素晴らしい景色を見せてくれるために車を停めたと解釈していると、この運転手はここが紙に書いてある住所だという。                                                                                                       周りには工場らしき建物は全く見あたらない。                                                                                くだんの運転手にいろいろ聞いてみると、我々が日本から蝶々の採集に来たと誤解している。 (実際にこの場所は珍しい蝶々の宝庫で日本からたくさんの愛好家が蝶々の採集に来ているらしい)                                                                                                                                     どの様に考えても紙に住所を書いているので間違いようが無いはずなのだが、さらに良く話を聞いてみるとこの運転手は英語はりゅうちょうに話せるが英語を読むことが全く出来ないことが分かりました。                                                                                                           それからあらためて住所を運転手に読んでやり2時間遅れでやっと N 電気マレーシア工場に到着することが出来ました。                                                                                      この運転手はチャッカリとメーター通りの料金を請求し、謝りの言葉も全く聞くことが出来ませんでした。

2006年10月10日 (火)

◇ゼンティン ハイランドへの旅(2)

 今回のカジノ初体験旅行でその他に経験したギャンブルはバカラ (日本のさいころ賭博でチンチロリンに似たもの)、ビンゴなどでした。                                                                                お馴染みのビンゴはビンゴカードを5,6枚買っておくとカジノ内のレストラン、バーなどに置かれているテレビで常に実況中継されているので食事をしながらギャンブルを楽しめる仕掛けになっています。                                                                                                      後日訪れたラスベガスのカジノはアルコール類、タバコなどが無料でサービスされていましたがここのカジノはタバコのみ無料でサービスされていました。                                                                       ジェンティン ハイランドの客筋は欧米系の客より金儲け目当ての華僑が多い様に見受けられました。                                                                                                             今回徹夜で遊んだカジノでの総儲け高は日本円にして約12万円の儲けになりました。                                                この儲けに味をしめ数ヶ月後再挑戦をしたところ今度は10万円の負け、なかなかうまくいかないものです。                                                                                                                その後ジェンティン ハイランドでは面白い話が舞い込んできました、それは我が社の U 次長の所にシンガポールの旅行社から、マレーシアのジェンティン ハイランドに夫婦二人を交通費、ホテル代込みで無料で招待するとの情報があり、その条件としてカジノのチップを前もって一人当たり M$1,000 分購入するとの条件が付いていました。                                          U 次長は早速この話に乗りチップを二人分のM$2、000 を購入の上夫婦でマレーシアへ一泊旅行に出かけました。                                                                                                 後日ギャンブルの結果を聞くと、夫婦でルーレットで遊びご主人が黒にチップを賭けると奥さんは同額のチップを赤に賭け遊んだそうです、ルーレットをやられた方はご存じと思いますが黒、赤に来る確率は50%で掛け金も丁度倍になる 、黒、赤に二人別々に同じ金額をかけている限り儲けは無いが絶対に損はしない様になっています。                                                                   ということで、マレーシアへ無料で一泊旅行が出来たことになりました。                                                             その後この様なうまい話は聞かなかったので一回限りで無料招待旅行は中止になったのでしょう。

 

2006年10月 8日 (日)

◇ゼンティン ハイランドへの旅(1)

 ゼンティン ハイランドといっても場所をご存じない方もたくさんいると思います。                                             このゼンティン ハイランドは韓国のウオーカーヒル、マカオに次ぐ東南アジア唯一の政府公認のカジノで有名な所です。(以前にはインドネシアのジャカルタにもカジノはありましたが現在は営業していません)                                                                                              このゼンティン ハイランドはマレーシア K L の郊外にある山の頂上にあり、常夏のマレーシアにも関わらず気温は半袖では寒いぐらいの快適な場所です。                                                                             このゼンティン ハイランドにシンガポール人の友人とギャンブルの挑戦に出かけました。                                             ゼンティン ハイランドのある山へは K L 国際空港からヘリコプターで簡単に行けますが、我々はタクシーをチャーターして山に登りました。                                                                                        この山頂は気温が低いせいか常に霧がかかっている、この山の頂上には大型のホテルが3棟とゴルフ場、遊園地があり家族連れで遊びに行っても楽しめる場所です。                                                              中でも一番大きいホテルの2階全フロアーがカジノになっている。                                                                  私にとってはカジノ初体験ということで、いささか緊張してカジノに向かいました。                                                               カジノの入り口ではパスポートのチェックがあり、18歳未満は入場禁止になっている、また、マレーシア人はM$1,000のデポジットが必要である。                                                                           カジノに入場し暫く雰囲気に慣れるまで広いホールをぶらぶら見物して歩きどのギャンブルが儲かるか観て歩きました。                                                                                                                                    カジノの雰囲気に慣れた頃チップを買いまず一番無難な【スロットルマシン】(スロットルマシンは本物のコインで遊べます)から遊んでみましたが、日本のパチンコと同じでなかなか儲からない、次にプレーしたのが【ルーレット】、ここであっという間に5万円近くの負け、こんなに負けたら大変と、次にトライしたのが一番ギャンブルらしい【ブラックジャック】、この【ブラックジャック】はご存じのことと思いますがデーラーの前に5人の客が半円形に座りデーラーから配られたトランプの合計数字を21に近づけてデーラーと勝負をするゲームです。                                                                                                               この【ブラックジャック】の一回当たりの掛け金の最高額は一人M$500(日本円約5万円)と決められていました。                                                                                       私もこの中に入り2万円から3万円のチップを賭け勝ったり負けたりしていました、勝負がエキサイトしてくると私の右隣に座っていた中国人が私に文句を付け                                                                               「お前がカードを取りすぎるので自分の所に良いカードがこない」                                                                       と中国人流の難癖を付けてきたりしたが、その日の私の【ブラックジャック】での儲けは合計約10万円、初めてのカジノ経験にしたら上出来の儲けでした。

2006年10月 5日 (木)

◇ティオマン島への旅

 マレーシアの東海岸にティオマン島(Pulau Tioman)という美しい小さな島があります。                                             ご年輩の方は記憶があると思いますが、名曲「Bali Hai」で有名な映画【南太平洋】のロケ地として有名になった小島です。 (映画の中ではバリ島ということになっている)                                                                 島の大きさは南北 39Km 東西 17Km の火山島で、島の真ん中には標高 1,037m のカジャン山(Gunung Kajang)がそびえています。                                                                                                 この美しい島に当社の建築主任家族と私の家族でシンガポールから車で遊びに行きました。                                                                                                                      メルシン(Mersing)に到着後船で島に渡るのですが、ティオマン島に近づくと映画そっくりに、カジャン山の頂上付近には丸い輪になった雲がたなびいて幻想的な景色が見えてきました。                                                                                                                              島に着くとパスポートの検査と持ち物検査がありその後入島出来ることになります。(原則として島へは食物類の持ち込みは禁止されています)                                                                                     島に渡る観光客は殆どが欧米系の家族ばかりで、彼らはバカンスに行くときには日本人のように煎餅、お菓子類はあまり持ち歩かない、日本人の我々はいつものとおりしこたまお菓子類を持っていったが何とかごまかして無事島に上陸することが出来ました。                                                     島の海岸に出ると砂浜はパウダーサンドと呼ばれているだけあり真っ白な小麦粉の上を歩いているような感触でした。                                                                                         また、砂浜にはゴミは全く見あたらず、うるさい客引きも居ないし、すごく穏やかな島でした。                                                                                                           たまには都会の喧騒をさけてこの様な静かな島でバカンスを楽しむのも最高のリフレッシュとなるでしょう。

2006年10月 2日 (月)

◇ポルブドール遺跡とバリ島への旅(3)

 サヌールビーチ散策後ホテルに帰り朝食をゆっくりと摂り再び海岸に出て寝そべっていると、バリ人の青年が私達のところにやってきてバリ島の観光案内をするので雇って欲しいと言ってきた。                                                                                                     話を聞くと車もカヌーも持っているとのこと、また、金額は幾らかと聞くと実直そうに幾らでも良いと答えたのでその場で契約成立となり、本日からシンガポールへ帰国するまで行動を共にすることとなりました。                                                                                             名前は親しみやすいガルーパさんというらしい。(ガルーパという名称はシンガポールで美味しく食べているハタ科の魚の名前で私にとっては覚えやすい名前でした)                                                             最初に連れて行ってくれたのが自分のカヌーによる島巡りで、途中ガルーパさんは海に潜り日本人が好きなウニを捕ってきてくれる、これをカヌーの上で割り塩水を付けて食べたが形は小型でしたが新鮮で美味しいウニでした。                                                                            この日は飲み物を用意していなかったが次回は冷えたビールを持っていくべきでしょう。                                   最初の目的地の【亀の島】に近づいたら浜辺に島の住人全員と思える人が歓迎のため?に集まっている、上陸と同時に私と家内、娘が群衆に取り囲まれ各々の土産物屋に拉致され三人バラバラにされ軟禁状態にされました。                                                                               何かお土産を買わないと肝心の亀も観ることが出来ません、この島に立ち寄る観光客が少ないためでしょう。                                                                                        夜はガルーパさんの案内でバリ料理店に行き楽しい一夜を過ごしました。 (バリ島はインドネシアでありながらイスラム教ではなくバリヒンズー教という独特の宗教のため豚の丸焼きも食べることが出来ます)                                                                       次の日は早朝からデンバサールの朝市見学、午後はガルーパさんの運転による車 (キューバで見かけるような4,50年前の大型のアメリカ車) でタナロット見学、猿の寺院見学と続きました。                                                                                                        猿の寺院では下車する前に眼鏡、ポケットの財布などを全て車の中に置いておくように注意を受け外に出るとすさましい数の猿が私達の体に飛びついてきて餌のピーナツをねだってポケットの中まで手を入れてくる、この猿は神様のお使いなので邪険には出来ないらしい。                                                                                                                        この様な家族的な観光案内でシンガポール帰国まで楽しみました。                                                                  この楽しいバリ島旅行が気に入り2年後再び家内とバリ島を訪れガルーパさんの家に行ってみたが母親しか居らず、肝心のガルーパさんは出稼ぎに出かけて留守で合うことが出来ませんでした。                                                                                                                 バリ島はもう一度行きたい国の一つです。

2006年10月 1日 (日)

◇ポルブドール遺跡とバリ島への旅(2)

 ジョグジャカルタで数日過ごした後バリ島に向けガルーダ航空で出発、2時間足らずでバリ島デンバサール飛行場に到着しました。                                                                               デンバサールからバスでその日の宿泊先であるサヌール海岸のバリビーチ ホテルに向けて出発、バスから見る途中の景色は日本では見られなくなった塩田が続いている、また、山側には段々畑 (棚田) の水田が続いています。                                                                          この、塩田、段々畑とも私が高校生時代まで生活していた瀬戸内海地方の風物詩になっておりシンガポールから訪れた私には特に懐かしさを憶える風景でした。                                                          我々が泊まったバリビーチ ホテルの部屋は海岸に近いバンガロー風のコテージで冷房完備の快適な部屋でした。                                                                                                   翌日はバロン ダンス見物、バリ島で一番高いキンタマニー山へのドライブ、芸術村のブドー見学と一般の観光ルート通りの行程をこなし夜はケチャック ダンスを見物して一日が過ぎました。                                                                                                          バリ島一週間滞在の内最初の日のみが旅行会社お仕着せの団体行動でそれ以外は全て自由行動という楽しいツアーでした。                                                                                      次の日から我々家族だけで計画を練り、初日は朝早起きをしてご来光を観るためにサヌール海岸に出かけました。                                                                                                           サヌール海岸は約1キロ先まで遠浅の海岸になっており、その先の水平線から太陽が昇り始める光景を見ることが出来ました。                                                                                           空気が澄んでいるためか太陽も素晴らしく綺麗に見え正に絵はがきの世界でした。                                                         ご来光を迎えた後、遠浅の海を沖に向かって歩いてみたが深さ30センチほどのところに熱帯魚や紫ウニがいたるところにいる、このウニは水の上から見ると色は純黒で二つの目?の様なものがコバルトブルーに光っている、何とも形容しがたい神秘な美しい風景でした。

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